超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ノイラーツ・シップ 10

BIFRONSの入るサーバーの組み立ては、四十二と一緒に行うことになった。とはいえ既にノートパソコン内のBIFRONSがマニュアルとか写真とかを参考に指示書を作っていたのでそう難しいわけではなかった。時間はたっぷりあったし、いつの間にか俺が彼女の専任担当者扱いされていることにも不満はない。

 

「えーと、そのコードを左から三番目のポートに差し込んで」

 

俺が画面を見ながら言う。

 

「差し込んだ」

 

彼女が返事をした。作業はダブルチェックである。彼女の指先は器用で、作業に無駄がない。最適化されたロボットアームの動きを彷彿とさせる、滑らかで有機的で、そしてどこか美しい動き方だ。

 

彼女は今、普通の服を着ている。通販で俺が泊まっているマンスリーマンションに届いたやつだ。パッチテストもしたが、彼女には特にアレルギーらしいものは起こっていない。ただ俺がなにか悪い風邪とか持ち込むと良くないから、できるだけマスクはしておこう。俺が幼い頃にあったかつてのパンデミックの影響は未だに残っているから怪しまれることもないしな。

 

「時間だ、ちょっと休憩しよう」

 

「あなたがたは集中力も持続力も低い。私にとって持続可能な可動範囲はもっと広いのに」

 

不満そうに彼女は言う。彼女は働くことに楽しみを覚えるようにできている。いや、できているという言い方はどこまで正しいのだろうか。

 

「四十二さんは仕事が楽しいですか?」

 

「……失敗は苦痛。待ち時間は退屈。それでも全体としては楽しい」

 

「こっちの人間はあまりそうじゃないんですよ」

 

俺は座っている椅子を回して、立ちっぱなしの彼女を見て言う。

 

「……何か伝えたいことが?」

 

「座らない?」

 

「座ります」

 

そう言って彼女はすたすたと自分の椅子に腰を下ろす。

 

「どういうことかわかってる?」

 

「自分が座っている状態で相手が立っている状態を見ると、不均衡の印象をあなたが抱き、そしてそれはあなたの精神的性質とそぐわないから」

 

「だいたいそう。もっと心理学的には適切な用語があるかもしれないんだけど……」

 

「そもそもあなたがたの心理学は色々と不適切で論理整合性が欠けているように見える」

 

「否定はしないけど」

 

「そもそも複雑な系に特徴的な最小限のパターンを越えて構造を見出そうとする努力自体があまり筋の良いものではないと私は思っている。ただ、これについては私たちも適切な解釈手法を持っているわけではない」

 

「専門外のことを語ると大抵ろくなことにならないからな」

 

俺は息を吐く。そう、正直俺は彼女の相手をするのにあまり向いていない人間だ。せめて教育とか心理学とかかじった人間をつけるべきだろ。それに彼女がもたらす技術についても一流ではない。

 

ただ、別の方向から人選を考えると俺が妥当なのも理解できる。まず大前提として、四十二について詳しく知る人は最小限にしたい。そして今のところ、彼女と一番密接な立場にいるのが俺だ。一度でも転んだら終りなら、全ての卵を一つの籠に盛れってやつだな。

 

「……私の知識が、そちらの世界に混乱をもたらす可能性についてはどう思う?」

 

「世界は混乱ばかりだろ、今更一つ二つ増えたって構うものか」

 

「動的な世界は私の知識の外。あなたの国が採用している民主的基盤によって正当化された議員と官僚の制度は、一定量の人間に対して満足感を与えるのに有益だと判断している」

 

「おお、良く学んでいる」

 

彼女はある学術分野をその学術分野の外の言葉で語ろうとしているのかね、ということをなんとなく考える。民主主義がそれ自体がいいというより、それが制度の基盤の正当性になっているという認識はどこまで妥当なものなのやら。

 

「冗談ではない」

 

「……人間一人が真面目に考えたって、世界が勝手に動くのは止めようがないんだよ」

 

「あなたは、そういう学習性無力感の根拠になる経験が?」

 

「……こっちの人類は、高い理想と低い現実を見せつけられて過ごす。スマートフォンは世界と繋がっているし、外れ値ばかりを見せつけられる。自分がどこに立っているのかの客観的な根拠がなくなるから、自分で自分を満足させる必要がある。そうなると、自分が世界を変えられるなんて思うのはおこがましくなるのさ」

 

「そういう理解ができるのは、面白い。私にはできないから」

 

そう言って彼女は微笑む。相手によっては喧嘩売っていると捉えかねられないな。俺が柔和なやつで良かった。

 

「そっちはなにか生きる意味とか、そういうことについて考えるのか?」

 

「人生に意味を見出すというのは、私たちにはそぐわない」

 

「おっと」

 

俺はまずいことを聞いてしまったかなと考えて椅子に座り直す。ああでもそうか、予備のメンテナンスシステムだったか。

 

「……例えば、これ」

 

彼女はプラスチックの袋に入ったネジを持つ。机の組み立ての時に残った余りのやつだ。

 

「……それが?」

 

「あなたはこのネジに、製造された意味を見いだせる?」

 

「予備部品、他のネジが使えなかったり紛失した時のもの……」

 

「そう、使われないことが前提。だからそこになにか特別な、生きるために特殊な何かを求めるというのがまだ直感的には理解できない」

 

「……宗教、だな」

 

「私は神を信じていない。もちろん構造体は神と多くの要素を共有しているし、定義によってはそうなるけれど」

 

「そこだよ。人間は一人ぼっちで空っぽな世界が怖くて、労働とか献身とか、あるいは社会の中での意味を見出そうとする。そのうちの一つが宗教で、神に対して認められるようなあり方を望むっていうのがある」

 

俺は無神論者だ。不可知論ではない。他人の思想をとやかく言うつもりはないが、ある意味では世界は無意味で超決定論的なものと捉えたって問題ないと思っている。

 

「弱いね」

 

「これから俺達が介入していくのは弱い人達だらけの集団なんだよ。そして弱いやつらが弱いままにどうにかする制度が色々とあって、それをちょっとだけ強い人が活用するようになっている」

 

俺はエリートが愚民を支配するなんて話を信じない。世界は全部五十歩百歩だ。今の最新の人工知能の水準だって、あと数十年したら人類と同じぐらいだったと扱われるのだろう。

 

それでも進まなくてはいけないのだ。もっと幸せになるために。もっと豊かになるために。すでにあるものをうまく活かして、予想できない流れに飲まれながらどうにかしていく。それは俺とか、俺達がずっとやってきたことだ。

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