超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ペーパークリップ・マキシマイザー 3

BIFRONSに繋がったプリンターから吐き出された図面が机の上に並べられていく。

 

「こういう視覚情報があったほうがいいのか?」

 

俺が尋ねると、彼女は返事をするのも惜しいのか小さく頷いただけだった。

 

高圧物理学、と呼ばれる分野がある。早い話が何かを押しつぶしたらどうなるだろうか、ということを研究する学問だ。人工ダイヤモンドとか、あと定期的に見つかって追試験が微妙にうまく行っていない金属水素とかのあたりです。そのための装置の構成が散らばっていた。

 

「BIFRONS、俺の理解を確認してもいいか?」

 

『構いません』

 

「人類は今のところ、テラパスカルを超える圧力を安定して実現していないよな?」

 

『はい。瞬間的に超えること自体は実験室では確立された技術として存在しますが、産業レベルでは実現していません』

 

「彼女が求めている素材に必要なのは?」

 

『およそ五十テラパスカルです』

 

「かなり大変だなぁ……」

 

彼女は重力特異点の問題を、一兆ドルでできる範囲として選んだのだろう。それはたしかにちょうどいい水準だ。ただ、一兆ドルが注ぎ込まれた科学分野というのは実はほとんどない。もちろん一つの産業界の研究開発に投資された額の合計というなら両手で数えるほどはあるだろうが、それはつまりまるまる一つの工学領域全体にわたるということだ。

 

俺達が求めている基盤は、ある程度薄くて広い。既に到達点が四十二さんの頭の中に入っていて、それを実現するための原始的な方法もある程度は知識がある。具体的な実装は可能性を示して研究界や産業界に投げればいい。一兆ドルだって、世界全体であらゆる分野に投資される額の一部となれば集まるだろう。半導体産業とデジタル分野は、今では年で一兆ドル単位の資金が投じられている。

 

『問題は目標が不明確なことです』

 

「目標圧力がわかれば、投資と技術開発が加速すると?」

 

『マンハッタン計画が良い例です』

 

「あれは異常な時代の異常な国家の産物だろ」

 

『現代社会が通常だと考えるのは、いささか現状分析に対して問題があると考えられます』

 

「……それもそうか」

 

第二次世界大戦中、アメリカ合衆国は膨大な予算と人員を投じて大学の敷地を接収し、秘密都市を作り、そして数多の発見と理論的飛躍をもとに、その後の国際政治を決定づけるほどの装置(ガジェット)が作られたのだ。幸い実戦に使われた二発以降使われていないし、半減期もあって実際に動くのがあと何発あるかはわからないが、存在の可能性がそれなりに脅しになるからいいんだよ。

 

類似の例はいくつかある。トランジスタの発明はそれまであった真空管を置き換え、さらに集積性の高い素子への転換をもたらした。遺伝子組み換え技術のいくつかの発展は、そのたびに産業転換に繋がった。人工知能の基本的モデルの革新が、チャットボットから汎用知性まで発展するのに子供がひねくれたアラサーになるほどの時間しかかからなかった。

 

まあ、そういう講義をBIFRONSがしてくれる。その裏では四十二さんが考え事をしていた。椅子の上に座り、リラックスしたように目を閉じている。

 

「熱い、これ以上は難しい」

 

『冷却材を用意しますか?』

 

そう言ってBIFRONSは俺に指図をする。はいはい。お弁当についていた保冷剤を取って渡すと、彼女はそれを後頭部に当てて落ち着いた顔をした。

 

ちなみにこのお弁当はあかぎ南新事業所の食堂で作ってもらっているものです。一日三食。支払いは俺が建て替えています。一応どういうわけか俺は職員証を持っているんだよな。公的には本部の事務職員ということになっている。

 

ここって一応公的機関でちゃんと採用試験する必要があるんじゃないかとも思ったが、須藤さんが言うには柔軟な雇用体制があるらしい。それって本来は優秀な研究者を囲んだりとかするのに使うべきじゃないんですかね。

 

「この行為が快楽中枢をいい具合に刺激してくれる」

 

「やめといたほうがいいぞ」

 

たぶん締め切りギリギリで課題を終えたときとかのやつだな。そういうのに依存すると結局は最初にBIFRONS使って大まかなもの仕上げて満足してから他のことをやって、最後に提出時間直前にBIFRONSの出力と大差ない半端なものをねじ込むことになるのだ。そうならないようにちゃんと博士論文は準備しておこう。ここのサーバーを処理に使うのってたぶん問題にならないよね。もっと大きな問題が現在進行系で起こっているので多少のよくないことは見逃してもらえないだろうか。

 

『四十二さんの脳構造は、人類とほとんど差がないのですね』

 

「できるだけ少ない初期情報で自己創発させるとなるとパターンが限られるとかじゃないかな……記憶の中にはそっち方面の知識は完成形ばかりでわからないけれども」

 

『完成形というのは、人口の生産についてですか?』

 

デリカシーのない人工知能だ。脛でも蹴ってやろうかと思ったが蹴れるものがない。なにかいい感じのデバイスをつけたほうがいいかもしれないな、安定化電源を弄ったりクロックを荒らしてやったらこいつも焦るのだろうか。それとも単純にサブシステム側でそれを吸収してしまうのだろうか。

 

「そうそう。そちらで言う人工子宮と似たものを導入すれば人口問題がどうにかなるかと思ったけれども、それは難しそう」

 

『死生観にも関わってくる問題ですので、導入においては適切な世論構築が必要であると考えられます』

 

「意味を用意するってことね。このあたりはやっぱり集団をまとめるってことだと不可欠なんだね……」

 

超知性二人が俺を置いて上から目線で人類について何かを言っている。大体あっていると思います。物語なしでやって行くのって正直難しいんですよ。俺だってちょっと達観したような立場にいるという優越感を周囲と比較して維持することでなんとか存在しているので、四十二さんのような最初からなくても良いと考えられるような知性にはちょっと憧れます。

 

それはそうと人工子宮の話は普通に問題が大きいだろ。そしてハードルが倫理ではなくて世論構築ってあたりが、大学でやらされた一般的な技術者倫理と比べて真面目でいいなと思う。正しくありましょうって言われた後で、告発しても何も変わらなかった結果企業を道連れに破滅したみたいな事例を見せられたらどういう反応をすればいいんですかね。

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