超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ペーパークリップ・マキシマイザー 6

科学技術省から委託業務として大日本電算が実施した調査の業務成果報告書を読んでいる。これが出たのは半年前で、たぶんBIFRONSの中に入っている。

 

『計算が完了しました』

 

聞こえてきた言葉に俺と四十二さんは椅子を持って部屋の中で一番大きいディスプレイの前に集まる。

 

「古瀬さんにもわかるような説明をお願い」

 

「そういう言い方をすると俺が傷つくぞ」

 

俺の言葉をたぶん意図的に無視して四十二さんは画面を見る。まあいいか。

 

任意子(エニオン)計算技術の基盤について、ようやく理解できました。そこから派生する相転移を用いた連鎖的なエネルギー圧縮についてはまだ完全にはモデル化できていません』

 

「あれってそんなに難しいの?」

 

そう言って彼女は首を傾げる。

 

『はい。人類の計算技術は離散的な情報を前提としているため、連続値、あるいはアナログを一定以上複雑な計算のために活用するための技術的基盤が大きく欠落しています。そしてエネルギーが高密度となった状態の物理学は、更に未発展です』

 

「アナログコンピューターだったか、かなり古いやつだろ?」

 

『日本では高度経済成長期まで現役でしたし、それ以降も細々と研究は進められていました。そのようなアナログコンピューターのモデルの一つと対応関係にあるものの逆空間的に問題を扱っているためにモデルの構築が困難でした』

 

「具体的にはどういうやつだ?」

 

俺が聞くと、画面には図が現れる。

 

『リザバーコンピューティングと呼ばれる分野です。再帰性のある非線形要素の結合によって情報処理を行う手法であり、一時期期待されていましたが背景にある力学的問題を扱うための数学技術の欠如により発展が頓挫していました』

 

「それがあの数学理論でできるようになったと?」

 

『それが全てではありませんが、重要な示唆を与えることは事実です。そしてこの計算と等価であるものを、ゲルマネン上の任意子(エニオン)で行うのが彼女が提案した手法です』

 

「……実証実験が難しそうな条件が書かれている気がするんだが」

 

任意子(エニオン)は物質の表面、二次元上に存在するある種の粒子だ。これを扱う数学理論の基盤は代数的位相幾何学(トポロジー)であり、そこからトポロジカル絶縁体として振る舞うゲルマネンに繋がる。うん、言葉の半分ぐらいがわからんぞ。

 

いや、一つ一つは聞いたことがあるものだ。トポロジカル絶縁体は位相幾何学(トポロジー)が数学的裏付けにある物質の表面状態のことで、その名前に反して表面に電気が流れる。逆に言えば、表面以外には電気が流れないのだが。

 

そして表面だけの物質があれば、このような現象は扱いやすい。つまり二次元状の、薄っぺらい原子のシートがあればいいのだ。それをゲルマニウムで作ったものがゲルマネンである。炭素ならグラフェン、ケイ素ならシリセン。錫からなるスタネンや鉛からなるプランベンもあるが、ここまで来ると金属らしい振る舞いが強いせいであまりうまく行かない、ということがぼんやりと知られている。そもそもこういったものを作ること自体がかなり大変なのだ。

 

『ミリメートル単位の大きさを持ち、不純物も転移もないゲルマネンが必要というのは、かなり難しい条件です』

 

固体物理学の授業を思い出す。半導体が半導体として振る舞う理由の一つは、その結晶性にある。いやでもアモルファスでも半導体になるやつあったよな。とはいえここは教科書通りの話を思い出そう。つまりある種の規則性や周期性があると、電子の振る舞いもその規則や周期に縛られるのだ。

 

そして電子の振る舞いは、物質の振る舞いに直結する。そしてその規則性や周期が崩れると、結晶やバルク、つまり固体内部で起こっているのとは違う反応が起こるのだ。これがトポロジカル絶縁体が表面でだけ機能する理由ではある。ちゃんと説明しないといけないゼミとかでこういう事を言ったら数時間詰められるんだろうな。

 

任意子(エニオン)をうまいぐあいに相転移させてエネルギーを集めるような方法のためには、巨大で一様で、整然と並んだゲルマニウムが必要だ。その数、ざっと数百兆個。数で見れば手が届きそうな範囲に思えてしまうな。

 

「……で、これが整地装置か」

 

画面上に表示されるのは、ねじれた棒によって組み上げられる蜘蛛とかそんな感じの構造物。どことなく冒涜的な、正気度を削ってくるような動きをしている。大きさは0.01ミリメートル程度。光学顕微鏡で観察できるサイズだ。

 

『自己組織化には限度があるため、実際に組み立てる必要があります』

 

「四十二さんのところではこれどうしてるんだよ」

 

『これを作ることのできる構造を作ることのできる構造が存在します』

 

「自己複製機械か」

 

原子や分子を組み上げて何かを作る、というのはよくSFで出てくる設定だ。世界をおもちゃのブロックかなにかのようにと燃える子供じみた世界観に基づくものだが、世界はそう簡単にはできていない。

 

例えばたんぱく質は生物が採用しているパーツだが、これには多くの問題が存在する。特殊な環境では沸騰するような温度でも構造を保つが、そうでなければ生体機能である化学反応を起こすためにちょうどいい不安定さを保つ必要がある。そうすると、どうしても色々な制約が生まれるのだ。

 

数億年をかけたモンテカルロ法、あるいはダーウィン的進化によって生まれた複雑な構造は、未だ人間がリバースエンジニアリングすることのできない分野である。おそらく四十二さんの故郷でもそうなのだろう。もしヒトよりも効率の良い存在を作れるのであれば、予備部品として採用する必要はない。彼女の改良がヒトの範囲で行われているということ自体が、人類という種が上手くできていることの証明でもあるのだろう。

 

そんな前提を無視した、力技によって原子を並べて組み立てる装置。パーツごとに組み立てることが前提とされているのは、人為的設計を感じるところである。確かに人類は原子を一つ一つ動かして並べていくための技術を最低限ではあるが有している。それでもこれを組み立てるのは、膨大な時間がかかるだろう。

 

「……最初の一つを作るのって、大変なんだろうね」

 

「他人事みたいにいいやがって」

 

呟く四十二さんに俺はツッコミを入れる。確かにこれができれば材料工学とかMEMSとか製薬とかの分野で飛躍的な色々が起こるだろうが、簡単にできるものではないのは間違いない。

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