超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ペーパークリップ・マキシマイザー 7

俺は最低限の荷物で赤城市のバスを乗り継いでJASDA、日本宇宙航空開発事業団の赤城宇宙研究所にやってきている。予算の少ない我が国がどうにかこうにかやっていくための拠点である。そこの敷地の片隅のベンチで、須藤さんが待っていてくれていた。

 

「……吊るしのスーツが悪いとは言わないが、そこで相手を見る人は少なくないぞ」

 

須藤さんは俺を見て言う。

 

「そんなやつが研究機関にいるんですか?」

 

「研究機関に入ったそういうやつが、しばしば力を持つんだ」

 

「なるほど、理解しました」

 

そう考えると四十二さんの振る舞いとかも調整しないとな。何かペルソナを用意するべきかもしれない。彼女を留学生とかにするならバックストーリーも必要だが、外務省とかを協力のために須藤さんが動かせる気配はない。

 

「……ところで言われたままに来ましたが、なぜ?」

 

俺はスマートフォンをポケットから取り出して言う。通信のために複雑な暗号化がされた犯罪者御用達のメッセージアプリで、場所と時刻だけが指定されたのだ。マンスリーマンションに使わない服一式の入ったプラケースを持ってきていたので大抵は何とかなるが、ちゃんと詳しい説明をしてほしかった。

 

「場所の問題だ。あと追跡者についても調べたかったからな」

 

「……俺に尾行かなにかが?」

 

そういえば気にしていなかったな。バスの中の人を覚えていればよかったのだろうが、移動記録が残るサングラスをつけてくるわけにはいかなかった。そして俺は他人の顔を覚えられない。バスに飛び乗ったりしてもいいのだが、そこまでギリギリで何も知らないはずの人が動くのはおかしいだろう。大事なのは疑われないことだ。

 

「ああ。だが、今の時点では大丈夫らしい」

 

「それは良かったです」

 

なるほど、俺はスパイには間違いなく向いていない。なのでせいぜい四十二さんに向けられた軽機関銃の弾丸を二発か三発ぐらい防ぐぐらいの役割ができれば十分だろう。

 

「……与党は今後の科学技術政策について、積極的に先進分野に投資していくことを決定する方針だ」

 

「選挙、大丈夫なんですか?」

 

「公僕である私の管轄の外ではあるが、もし政権交代があったら計画が数年止まるだろうな」

 

「数年で取り戻せると?」

 

「あるいは大臣と副大臣と政務次官にご理解戴くまで丁寧な説明を続けるだけさ」

 

そう言って須藤さんは両手を広げる。うん、悪徳官僚というのはこういう人のことを言うのだろうな。ちなみに彼は通常の官僚のルートとは異なっているので出世や栄達とは微妙に異なるキャリアを持つことになるのだろう。

 

「……十年単位の計画ですか」

 

「一兆ドルの投資が、十年で終わるとでも?」

 

「秘密を知る人を最低限にしながらそれだけの長期計画をやるのは難しい気がしますが」

 

「アセット42を適切なタイミングで公式の資産にする。その時には、彼女の価値は下がっていてただの賢い研究者になっているだろう」

 

「……ええ、そうかもしれませんね」

 

俺は須藤さんの考えをだいたい理解して、息を吐く。重要なアセットを守る方法の一つは、そのアセットを狙う価値を無くしてしまうことだ。そして彼女がもたらす知識は、完全に情報を独占することではほとんど利益が得られないようなものだ。せいぜい、数学界で不朽ではあるが数十年に一人ぐらいの天才としての名誉を得ることができるぐらいだろう。それでも十分大きいか。

 

「そうなるようにする。彼女から実践なしに引き出せる情報を一通り引き出してから、実践を開始する」

 

「そうすれば彼女を手に入れても得られるメリットは少なくなる、というわけですか」

 

「それに隠蔽工作のコストも馬鹿にはならん。あの地下室を作るだけでいくら必要だったと思っている?」

 

「……安くはないでしょう。BIFRONSに計算させてもいいですが」

 

「できるのか?」

 

「俺がやるよりは上等でしょうが、基礎知識以上の物は持っていないはずなので色々とプロに見せたら怒られそうなものしか出せないでしょうね」

 

「そのためにプロに金を払うのだ」

 

俺は頷く。今なお弁護士や司法書士や会計士といった仕事は健在だ。それは制度が汎用の人工知能が理解できないように改変されているというより、システムが必要なものを詰め込むと専門的な人間か特殊な人工知能でなければ扱いきれないという問題に起因している。

 

「……ええ、でもそのお金ってどこから来るんですかね?」

 

「それは君が知る必要のあることか?」

 

「あとから国際法廷で絞首刑にならない言い訳ができるようにするぐらいには」

 

「……怖がりすぎ、とは言えないか」

 

「第二次世界大戦の時に科学者が戦犯として裁かれたことはあまりありませんでしたが、ペーパークリップを拒んだら法廷に立たされる可能性は十分にあるでしょう?」

 

「アメリカの宇宙開発競争を支えた男ではなく、人道に対する罪を犯した親衛隊の人物として、か」

 

そう言って、彼は少し遠くにあるロケットの模型を見る。我が国が苦労して維持している衛星打ち上げ能力であり、そして精密な軌道投入制御ができる技術の結晶でもある。再使用型ロケットとしてはまずまずの能力であり、アメリカの一民間企業に勝てているわけではないが、そもそもあの企業はアメリカの国家組織の水準すら越えているのであまり気にしないほうがいいだろう。

 

「あのアセットが構築している知識はそういうものです。もちろん今すぐ世界を壊せるほど簡単というわけではありません。ブラックホールを作れたところですぐに蒸発するので、むしろ兵器レベルで活用できるのであれば相当上手く行っているとのことです」

 

ブラックホールは全てを一瞬にして吸い込んで逃げられないなどと描写されることがあるが、十分小さいサイズであればそうはならない。ただ、詰め込まれたエネルギーがガンマ線として放出されれば小型の核兵器ぐらいにはなりそうなものなので十分危ないが、今の計画だとそれを兵器として使うためには目標の場所にまずエネルギー圧縮施設を構築する必要が出てくるのだ。

 

「原子力は発電所よりも爆弾のほうが先に活用されたぞ」

 

「あれ、原子爆弾を作るために原子炉が必要だったのでは?」

 

「発電所と言っているだろう。プルトニウム生産用のものは発電系統はなかったし、安全対策もずさんなものだった」

 

「Safety Cut Rope Axe Man、ですか」

 

逃げ出せ(SCRAM)、ってわけだ。まあ、君も私も逃げ出すことは許されていないのだが」

 

たしかにこの人は原子力工学の専門家だったな。ジョークが通じてよかった。

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