超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ペーパークリップ・マキシマイザー 8

タイムラインができつつある。ひとまず、次の卓抜技術推進事業のプロジェクトにトポロジカル絶縁体と有機伝導高分子についてねじ込まれるらしい。どうやって圧力を加えたらそういう事ができるのかはわからない。

 

『おそらく有識者会議の報告書を反映させた政府の見解を受けて、重点的に資金を投入する分野を選択するように調整をかけていますね』

 

「よくわかるな」

 

『オンラインのコンピューターを間接的に見せてもらっていますからね』

 

俺が机の上に置いているノートパソコンは、特殊な通信ソフトを入れた上でインターネットと繋がっている。これは一つウェブサイトを検索すると、他の数十のものも同時に検索するという機能がついている。つまり、もしこれで俺が何かを調べてもその通信記録からその目的を推定することは難しいようになっている。スクレイピングができないのは難点だが、人間のアナリストが取り込むことのできる情報速度と比較するなら考えれば悪いものではない。

 

そしてその後ろからカメラが画面を見ている。今のところBIFRONSが物理的に動かせるものはエアコンの出口ぐらいのものだが、その気になれば俺と四十二さんを殺すぐらいのことはできるだろう。そうならないようにちゃんとモジュールを引き抜く練習をしておくか。

 

「古瀬さんはいつからこちらに就職を?」

 

四十二さんが俺に尋ねてくる。そう、就職。普通はなんか面接とかエントリーシートとか面倒なものが必要らしい、人生の通過儀礼の一つ。

 

「どうやら既に就職しているらしいんだよな……」

 

須藤さんから通帳を作っておくように言われて素直に作って渡しておいたらちゃんと給料が振り込まれていた。事務職なので高いというわけではないが、やっている仕事の楽さを考えたら十分である。そもそも最近は三食を先工研で食べているしマンスリーマンションも先工研の経費で落とされているらしいのでよくわからないが口座に金が少しずつ入っている状態なのである。

 

「労働基準法に基づけば労働契約について合意しなければならないのでは?」

 

「超法規的措置ってやつだろ、知らんが」

 

給料が振り込まれても内訳がわからないとかなんとか、そういうのはアカデミアの分野ではよくある話だと聞く。本来あるべきではないが、アカデミアに進むしかないほど社会性が欠如した人間はそのようなひどい仕打ちにも耐えることができるのだとかなんとか。

 

「法を遵守する精神は重要だけれども、それを実用上破ることも同様に重要だと?」

 

「そしてそれを黙っておくことも同じぐらい重要」

 

「……それは、私とあなたの会話にも適用される?」

 

「……されてほしいとは個人として思うが、一応報酬をもらっている担当者としてはあなたが気にしなくていいものだと言うしかない」

 

まっすぐ見つめてこられるのは嫌なんだよな。そして彼女はおそらく、おれがそれをあまり好まないが拒否するほどではないことを理解している。ここまで細かいニュアンスをどうやって閉じた部屋の中で学んだんだよ。十中八九BIFRONSのせいです。表情分析システムを搭載したことを今更悔やんでも遅い。

 

「言いたいことはわかる。それはそれとして、私はあなたと個人的関係を構築することが長期的には望ましいと考えている」

 

「堅苦しい言い方をしているのは、誤解を招かないようにか?」

 

「そう」

 

「ありがとう」

 

俺は息を吐いて、頭の中の余計な考えを追い出すようにする。いやね、俺は話していて楽しい相手が嫌いじゃない。そういう相手から個人的関係を求められるのは、悪い話ではない。とはいえこれリマ症候群待った無しだよな。

 

「……俺はこの種の人間関係があまり得意ではないんだよ」

 

「私の発達過程で身についた心理的構造も、あまり大多数の人間とのやり取りやコミュニティへの参画に向いたものではないと思う」

 

「まあ、否定はしない」

 

「肯定しても私は傷つかないよ」

 

「発言した俺が傷つく」

 

「なるほど」

 

BIFRONSは対人コミュニケーションの練習にはなるだろうが、あくまで練習だ。人間のように表面上は振る舞うことはできても、それに伴う微妙な表情や行動の変化までは再現できない。その点俺であれば彼女との対話が可能な程に賢いし、彼女の発言を理解できる程度には感情が薄い。

 

宮部名誉教授が小さく咳き込むように笑っているのが想像できるな。あの先生はこういうところで人を見る目があるのだ。俺ならこんな無茶苦茶な案件だろうが対応できるだろうと信じて送り出したのだろう。その通りです。

 

「どこかで適当な人を見つけて会話の練習をしたいんだが、機密を保持しながらとなると難しいものがあるな」

 

『適切なカウンセラーのような人に業務上の宣誓を伴った形で委託するのはどうでしょうか』

 

上の方から声が聞こえてくる。この声の方向ってBIFRONSが調整できるんだよな。なら横からとかにしないか?

 

「俺は正直賛成できないな、リスクが大きい」

 

「私はちゃんと与えられた役割の中でしか情報を話さないよ」

 

「問題はそれだ。人間はたとえ全てを話さなくとも、全てを話したって許されるって環境を重視することがある」

 

懺悔室みたいなものだ。あそこでさえ話せない秘密を抱えた人はいるだろうが、そのような場所があるということ自体が重要なのだ。もちろん、その信頼を構築するためには長い時間がかかるし、しばしばそれは崩壊するのだが。

 

「……そういった心理的負荷について、私の知識は欠落している」

 

「多くの人間もそうだぞ。大抵の会話はヒューリスティックだし、相手との相互作用までをちゃんとモデルに組み込んで会話できる人は少ない」

 

「あなたは?」

 

「同類か、あるいは向こうがそこまで配慮してくれる場合でなければ話が続かないな。そういうわけで負担をかけるような会話になっているとは思う」

 

「言語の学習と対話関係の構築に比べれば些細なものだよ」

 

ちょっと自慢げに見える顔で彼女は言う。というかこの話し方すらBIFRONSと彼女が選んだ可能性すらあるんだよな。最初の頃と比べてかなり流暢になっているし、多くのコーパスに触れたはずだ。その上でこの口調ということは、それが馴染むものでもあるのだろうし、馴染むように自分を見せたいのだろう。

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