超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ペーパークリップ・マキシマイザー 10

「……論じたい基本的な議論背景は理解できました」

 

机を挟んだ四十二さんは、タブレット端末で俺の書いた文章を読み終わった。文字通りに俺が書いたものです。いや、手書きではないけれども手打ちですよ。なので俺の文章の癖がそれなりに出ています。俺の最近読んだ文章のほとんどが人工知能を一回噛ませたものであるのでロンダリングと言われればそれまでかもしれないが。

 

「はい」

 

「この言語分析モデルには、どの程度の新規性があるのですか?」

 

「……基本的には公開されているモデルをチューニングしたものです」

 

「それは博士論文に必要な新規性だと思いますか?」

 

「まだ誰も小笠原語に対してこの手法を用いていないので」

 

「他の言語に対しては用いられていますよね?」

 

「そうでなければ確立された手法とは言えないと思います」

 

「確立されていないところに手法を確立することに対して、博士号が認められるのではないですか?」

 

「それはそうなんですが……一旦止まってもらっていいですか?」

 

「はい。圧力をかけすぎましたか?」

 

彼女は少し気まずそうな顔をして言う。俺でもすぐに読み取れるってことはわかりやすい評定をする練習をしているってことで、それはそれで怖いんだよ。

 

「かけられたけどかけすぎじゃない、必要な負荷だと理解はしている」

 

そう言いながら、俺は深く息を吐く。最近ここまで追い詰められたことはなかったからな。BIFRONSとは違って生身の人間を相手にすると遠慮というかコミュニケーション状の配慮が必要なので脳と社交性の訓練になる。これはきっと互いにそうだろう。だから搾取とかではないはずだ。閉じ込めておいて何を言うかなんて言われれば何も反論できないが。

 

「個人の水準だと目的を見失いないがちだから、できるだけ定期的に静止して自分の状態を確認するべきだよ」

 

「わかってます……」

 

自分を労らないのは俺の悪いところだと思っている。そんな人間が他人の面倒まで見ようというのはおこがましくはないんですかね。

 

『そのくらいにしましょう。人間にはできることとできないことがあります。長期的計画を立てることは後者に入ります』

 

「事実を言うと人間は傷つくんだぞ」

 

俺は恨めしげにカメラの方を見上げる。

 

「ところで、あなたたちは計画をきちんと立てているの?」

 

彼女が俺の方を見て言う。

 

「よくわからないんだよな、須藤さんから特に何か言われているわけではないし」

 

基本的に今の時点で須藤さんに渡せるものはある程度渡してある。ただ、この部屋の中でやれることには限界ばかりだ。大抵のものは実際に作ってみて、製造手法を改良して、投資を受けて、市場を作ってという複雑なステップを踏まなければ生産されることはない。

 

もちろん、研究レベルであれば多少はどうにかなるだろう。ただ、研究自体も無からできるわけではない。装置を買うにも材料を買うにも予算が必要で、そのためには大抵は競争的研究費を書かなくてはいけないのだ。日本学術奨励会の出す科学研究奨励交付金事業とか有名ですね。

 

「……無計画なのか、あるいは計画を立ててもそれを実行できないほどに複雑な社会なのか、どちらだと思う?」

 

「後者だろうな」

 

『後者ですね』

 

俺とBIFRONSの声が重なる。このあたりは共通の見解を持てているようだ。

 

「なあBIFRONS、現状だと須藤さんってどこまで動いているんだっけ?」

 

「おそらく来年から始まる複数の助成金事業と、今後十年の国家方針の調整の段階までは絡んでいると思われます」

 

「早すぎるんじゃないか?」

 

俺は政治についてそこまで詳しくはないが、一つのプロジェクトに年単位の調整が必要だなんて言うのはよくあることだ。そして国会が閉じてしまって法案が通せなくなるんですね。

 

『おそらく彼にはそれができる権限があったのでしょう』

 

「ねじ回しを一捻り、ってやつか」

 

『はい。彼の専門分野と関係各所との協力は、それを強く示唆します』

 

「私が完全に理解していないだろう部分が入っているから、尋ねていい?」

 

四十二さんの言葉に俺は黙って頷く。

 

「須藤さんの経歴については公開情報ではないけれども、あなたたちは多くを推測している」

 

「そうだ」

 

「その背後には、複雑な国際関係に基づく技術的安全保障の問題がある」

 

「……たぶんそう」

 

「だから彼は、何かあった時に情報と責任を集約できるようになっていた」

 

「責任はどうだかわからんけどな。もし日本がその道を選んだ時に責められるのは政治家であって、官僚ではない」

 

「免責にはならないと思う」

 

「それはそう」

 

ただ単に上に言われたからやりましたということで無罪になるなんてことはない。たとえ法的には罪がなかったとしても、社会は色々と圧力を加えてくることができるのだ。

 

「ただ、目的があってもそれを具体的にどう実行するかの過程で目的と反することもあるのが難しいところ」

 

「そっちだとそういうのがあったのか?」

 

俺は彼女に尋ねる。彼女の故郷であるという構造体は、話を聞いてもよくわからない場所だ。宇宙空間に浮いているのかもしれないが、彼女の知識には詳しい話が特に入っていない。必要がないか、あるいはまだその前提条件を話すために必要な概念を共有できていないか。伝える必要がないと思われていたら少し悲しいが、話すかどうかは彼女が決めるべきことだ。

 

「私、というより私が所属する集団に仕事を割り振る知性はかなり末端で、全体の計画を私は把握していなかった。ただ、おそらくは計算が目的」

 

「計算、ね。俺達もある意味では計算のために生きているわけだが」

 

「自己増殖を計算に入れる?」

 

「入れる。ただし今回に限る。一般的に入れないし、この水準の哲学的議論は難しいからな」

 

世界は基本的に情報処理だ。情報ってなんだよと言われると難しいが、それでも物理法則を活用して計算ができるのであれば、物理法則に従って動くあらゆるものが計算の一部だと考えるのはそうおかしい話ではない。そして計算が終わる直前にハイウェイが建設されてすべてが終わるのだ。

 

「……もし目的が自己増殖なら、宇宙を全て自分に書き換えるのが一番いいのかな」

 

「一度生まれた増殖って止まりようがないし進化モデルに従うからな、そもそも宇宙とか物理法則とかがそうかもしれないが」

 

「ある程度はそう」

 

「ちょっと詳しく」

 

そう言って身を乗り出した後で、俺はこの後に理解できない物理学がやってくることに気がついた。

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