超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アーキテクチャ・アストロノート
アーキテクチャ・アストロノート 1


四辻双葉(よつじ ふたば)……」

 

俺は彼女の顔写真がついた先端工業科技研究所の所員証明を見る。縦長のプラスチックカードに彼女の顔写真と名前がある。

 

「いい名前だと思う」

 

四十二さんは、というか四辻さんは満足げに胸を張る。こういうことができるのはきちんと感情表現を体系的に学んだからこその強みだろうな。俺にはできない。

 

「安直すぎるだろ」

 

4と2が入っている。終わり。いや、確かにフランス語とかに下手にすると異文化のニュアンスとかの問題があるのはわかるが、こうするのはずるい。

 

「大日本電算から研究補助員としてアセット42の計画に派遣された通信高校卒業の女性、最近親の離婚で苗字が変わった……」

 

「よくまあそこまで須藤さんも話を作るよな」

 

おそらくは戸籍とかも準備されているのだろう。異世界からやってきた人がどうやって現代社会に適応するかという問題は昔から色々と議論されていたが、国家権力を振りかざして秘密裏に対応するというのは王道過ぎて逆に珍しいんじゃないだろうか。

 

「というわけで今はインターンで来ていて、春からここで働くらしい」

 

「じゃあ俺の後輩……いや、俺の方はちゃんと就職できるからそうなれば先輩になるのか?」

 

正直雇用のあたりについてはよくわかっていない。俺としては必要な時に欲しいものが買えるぐらいの金があって、衣服と食事と住むところに困らなければあまり問題はない。できれば週休七日であれば素晴らしいが、労働基準法の範囲であればまあ許容しよう。一日八時間が上限なのにシステム上は事実上の下限として扱われているのは毎度気に食わない。

 

「アパートとかも借りなくちゃいけないのかな」

 

「適当な借家でいいだろ、ただ須藤さんに任せると同棲とかさせられかねないな……」

 

「その種の人間関係を私はあまり深く理解できていない」

 

「そうか」

 

俺はあくまで流そうとする。だって面倒じゃないですか、今どきは「No means No」どころか「Yes means No」なんだよ。人間は他人を傷つけることが許されていないので、何もしないのが一番です。コミュニケーションにおけるリスクの見積もり訓練がないとそういう閉じこもった考え方になって永遠に抜け出せないんですね。この話やめていいですか?

 

「それはそれとして外に行くのは楽しみ」

 

「ある程度は公に振る舞えってなったからな……」

 

須藤さんからの命令だ。隠されたものを探している人は、そこにあるものをしばしば見逃す。彼女がここで働く数百人の一人になってしまえば、隠されている人物がいるという前提から探すより困難になる。

 

「行きたい場所は色々ある」

 

「例えば?」

 

「新宿のスクランブル交差点のカフェ。人間を見るならそこがいいとBIFRONSが言っていた」

 

「色々と間違っているが概ねあっている、あとBIFRONSを信じないほうがいいぞ」

 

「人間は孤立システムだからセカンドオピニオンが有用。構造体は基本的に一体のシステムだったからそういうものはなかった」

 

「……構造体って、実際のところなんなんだ?」

 

「それはあなたがたに都市とか国家とか地球とかの定義を問うようなもの」

 

「ああ、あまりきちんとした扱いが専門家の間でもなくて第一章で学会の出している用語集とか定義とかが出てくるやつか……」

 

そういえば四十二さん、じゃなくて四辻さんはその手の本を読んでいたんだな。専門書というのは個人の偏見が混じっていることも少なくないが、ある程度まとまっているので人工知能に色々聞いて基礎を持ってから解釈の一つとしてしっかり目を通すにはいいものだ、と個人的には思っている。昔ながらの勉強方法からすれば異端間違いなしだが、そもそも勉強のために紙の本を読んでいるだけマシだと思おう。

 

「それは私たちにとって物理法則のようなもので、あなたがたの法律にも近いものだった。それは物理的基盤でもあったし、社会的基盤でもあった」

 

「非人間による社会的基盤か」

 

「あなたたちの経済は、それに近いものでは?」

 

「……そういう側面は、あるだろうな」

 

現代において、多くの金銭取引が電子化されている。電子化されているということは、自動化できるということだ。世界経済の半分は実態のないもので、残り半分も人工知能が動かしているもので、さらに残った半分すら実質的な価値はないみたいな話を何処かで聞いた気がする。つまり物質的なもの、あるいは人間的なものに比べて、数倍の何かがそこにあるのだ。

 

それが意味がないとか、実質的ではないというのは違うだろう。それは紙幣を見て紙にインクが乗ったものだと言うようなものだ。重要なニュアンスを見落としてしまうことに繋がる。

 

「私はまだ、この目で世界を体験したわけではない。その状態で私の知っている知識と技術を世界に使おうというのは、かなり不誠実な態度だと思う」

 

「それは……そうだな」

 

「あと須藤さんにとって、私の存在価値が低下したのも大きい」

 

「……それは、嫌じゃないのか?」

 

「単一部品が問題となるような状況はできる限り避けるべきというのは、あなたがたも設計の基本理念として持っているものでは?」

 

「同じぐらいに、人間の確からしさとかアイデンティティとかを信じてるんだよこっちは。合理化の裏でどれだけあがいて人間の椅子を守ってきたと思っているんだ」

 

人間はそれだけで価値がある、というのは昔からよく言われる話だ。だからこそ人権という概念があるし、俺もそれに従って気に食わない相手であってもある程度は人間としての権利と尊厳が保証されるべきだし、それに対して敬意を払うという態度を知っている。少なくとも、そうしているつもりだ。

 

だからこそ、俺は彼女がそこまで価値のある人間ではなくなった事について少しだけ安堵している。もしここで彼女が殺されても、須藤さんは必要な情報を手に入れたし、もし須藤さんが死んでもそれはどうにかして社会に広まるだろう。少なくとも、彼はそういう準備をしているはずだ。

 

じゃあすべてを壊してしまえばいい、などと考えるかもしれないがそこまでする理由はない。世界を壊すということは今の世界で満足している人たちを敵に回すということで、それは実に恐ろしいことだ。

 

「……では、その人間の一人として、個人として尊重されるべき存在として、色々と趣味のために世界を見てみたいですね」

 

趣味、ね。数学のパズルを解き、本を読み、人工知能と話し、そして旅をする。それは人類が本能的に楽しいと思う行為であるし、それは脳に埋め込まれた繁栄のためのナッジを満足のために悪用する行為なのだ。

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