超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アーキテクチャ・アストロノート 2

「どう思う?」

 

そう言って年下の少女が服を見せてくれるようなシチュエーションは、普通の物語なら魅力的なシーンなのだろう。今回ですか?アラサーの男性が十歳近く年下の女性の服にとやかく言うだけの知識があると思いますか?

 

「普通だ」

 

「狙ったとおりだ」

 

そう言う四辻さんの服装は地味というわけではないのだろう。ただ、どこかで見かけたような雰囲気がある。派手すぎるわけでもない。普通におしゃれなのだろう、と思って次の瞬間には忘れていそうなものだ。まあそもそも俺がファッションだのに興味を持たないせいかもしれない。おそらくそうだ。

 

『近年のファッション流行を踏まえて選択しました。エベレット・M・ロジャースの言うところのレイトマジョリティに相当します』

 

「機能性は決して高くないけれども、十分動ける範囲内」

 

そう言って彼女は可動域を確認するように軽く身体を動かしている。このあたりは見ただけで把握する、とはいかないのか。

 

『ペルソナは理解できましたか?』

 

「演劇理論については前に教えてもらったけれども、特に難しい分野だったから完全に習得できたとは思えない」

 

『多くの役者が専門家の指導と自主的な鍛錬を経て身につけるものです。一朝一夕で習得できるとは思わないでください』

 

そう言うBIFRONSはきちんと慣用句についての説明をディスプレイに出していた。よし。

 

「今回は護衛も追跡者もなし、古瀬さんと二人で新宿に行って戻って来る、ということでいいよね?」

 

『事項確認ですね。良い心がけです』

 

「これで共有できない個体相手だとこういう同期作業をいちいち挟まないといけないの、早く慣れたいところではある」

 

そう言いながら四辻さんは髪に隠れた後頭部のブレイン・マシン・インターフェイスを撫でるように触れる。

 

「孤立性が高いから多様性が出る、とはならなさそうだな」

 

「多様性の発生については否定はしない」

 

「珍しい」

 

彼女は人類社会に敬意を払っているような仕草をしているが、だからといって彼女が俺達の世界を非効率的だと思っているわけではない。俺が高校時代に苦労して解いた数学の問題を今なら簡単に解けるといったところで、それに苦しむ高校生を軽んじないみたいな、微妙に上からの態度とでも言おうか。まあきちんと力関係を踏まえたうえで行動してもらったほうがいいんだけれどもね。

 

「構造体が十分な探索範囲を既に占めていて、人間がもはや有用なものを生み出せないかつての環境とは前提が異なっているから」

 

「あー、人間のいい加減さというか独立性を広い範囲を試すために使っているという考え方か」

 

「そう。人口規模と科学技術の発展速度を対応させる明確な指標を持たないので曖昧な推定に過ぎないけれども、この世界はかなり多くのものを発展と拡張に注ぎ込んでいる」

 

「その割には人口減少は酷いんだが」

 

「世界人口はまだ減少には転じていないはず。いわゆる先進国における人口動態の変化も、また新しい制約条件を提示して今まで注力されなかった分野に投資を促進する役目を果たしている」

 

「……詳しいな」

 

「BIFRONSから色々と学んだ。もちろん、おそらく私の知識は同年代のこちらの少女に勝るものではない」

 

「タピオカミルクティーって学んだ?」

 

「私ぐらいの少女が文化的アイコンとして見せびらかす小道具の流行の変遷とともに」

 

「おお、俺より賢いぞ」

 

BIFRONSの学習データは片っ端から色々なものが突っ込まれている。インターネット上に散らばっていた人工知能の学習に使えるデータが枯渇したという風に言われて久しいが、それでも開発者はあらゆる方法でそれをカバーしようとしてきた。

 

例えばオンラインの社会的ネットワークの中に潜んで自発的に情報収集をするシステムとか。これについては色々と規制がかかったし、そもそもそういうサービスは広告収入とかでやっているので実際に何かを買ったりしてくれるわけではない人工知能を嫌ったのだ。ただし有料コースに登録していたアカウントを除く。

 

「ただ、味覚についてはそこまで慣れているわけではないからあまり期待はできない」

 

「向こうだとどういうもの食べてたんだ?」

 

「こっちで言うせんべいとか餅とかそういうものに近い。たんぱく質の割合が多めだった」

 

「硬め?」

 

「歯ごたえはあった」

 

なるほど、流動食とかゼリーみたいなものではない、と。顎の筋肉をちゃんと鍛えておかないと会話とか難しくなるからな。そういう訓練も前提にして生活が設計されていたのだろう。そして味覚という感覚は、正直言って使いにくいものだ。食べるものが管理されているならば、化学物質の検知のためのシステムはあまり役に立たない。

 

「……口に合わなかったら、遠慮なく言えよ」

 

「ここで食べた食事は概ね悪くなかったし、今は楽しめるようになりつつある。反射的な嘔吐や嫌悪を招くようなものがなかったのは幸運だった」

 

「好き嫌いがないのはいいな、俺は今でも食べにくいものが多くあるよ」

 

大学に入って学食で済ませるようになってから、嫌でも口に詰め込むことに慣れるようになっていた。そうしたら味がある程度わからなくなってきた。あるいはかつての敏感さが和らげられたのかもしれない。それはいいことなのだろうか。

 

「そういったものを無理に調整する必要はない、と私は思う」

 

「そっちだとそういう調整はされないのか?」

 

「素材が十分な性能を持たない時に問題となるのは素材の選定であって、素材自体の問題ではない」

 

「……人間が限界を超えるなんていうことを、信じていないのか」

 

「通常物理学の範囲で光速を超える事ができないように、人間にはどうしても物理学的、化学的、そして生物学的な制限が存在する。それを踏まえたうえで、構造体は私たちを維持していた」

 

「冷酷なのか優しいのかよくわからないな」

 

「そもそも意思疎通や目的の共有ができるような関係ではないから、そのような人間的嗜好に押し込めることはほぼ間違いなく誤謬を招く」

 

「人間の悪いところだな」

 

俺はそう言って息を吐く。考えるのが面倒だから、相手が完全な異物だと考えるよりも自分と同じように考えるだろうと思いこむのだ。そして全員がそう思い込んで、すれ違うことで、世界はなぜかうまく回っているのだ。

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