超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アーキテクチャ・アストロノート 3

先端工業科技研究所あかぎ南新事業所からバスに乗って、あかぎ先端学術都市線に乗って、そこから特急あかぎに乗って、到着するは東京駅。

 

「……大丈夫?」

 

すこし四辻さんはふらついているように見える。

 

「……うん、人が多くて、少し混乱しているだけ」

 

「人酔いか、俺はしたことないからあまり同情できんが」

 

「そういうものがあると理解してくれる以上のことを、私は望まないよ」

 

「理解ある人みたいな言い方だな」

 

俺はひとまず彼女を駅のベンチに座らせて、自動販売機で水を買う。今日の俺達の持ち物は最小限だ。まだ現金が使える時代で良かった。もちろん切符売り場で切符を買う人は今では圧倒的に少数派だし、大抵はICカードか二次元コードだ。ある意味では券売機のカメラの方に記録が残るということになるのかもしれない。

 

二つ買ったペットボトルの一つを渡し、自分のもののキャップを開ける。四辻さんが真似できるようにという配慮だ。BIFRONSから基本的なレクチャーは受けているはずだが、実践でやってみないとわからない問題というのは常に存在する。

 

「……水がおいしい」

 

「喉が渇いていたか、あるいは無意識にストレスを感じていたとか、そういうところだろ」

 

「ストレスを感じているのは自覚していた」

 

「なら適度に顔に出したほうがわかりやすいぞ、察してもらったほうがいい」

 

「気をつける」

 

そう言って彼女は数口で500ミリリットルのペットボトルを飲み干す。良い飲みっぷりだ。そういえばアルコール分解酵素がしっかりしているかどうかって検査されていたっけな。彼女がアカデミアで動くなら、個人的繋がりのためにアルコールを活用することもあるだろう。

 

俺のような面倒な人間相手にだって、彼女はきちんとやり取りができるのだ。なら他の人にだってできるだろう。そうすれば、色々と情報を集めることも研究の方向をほのめかすこともできるようになる。

 

「……楽しい」

 

「そうか」

 

「人がいっぱいいる」

 

それ以上、彼女は言わなかった。一応公共の場で自分たちの立場とか関係とかは言わないようにという約束だ。フィードバックは帰ってからでいいだろう。

 

今日の彼女は、四辻双葉さんは、久しぶりに引きこもりから外に出た少女だ。俺は家庭教師。そういうことになっている。なのでまあ、周囲の人から変な目で見られることはないだろう。ないよな?なくあってくれ。

 

「別に新宿に行かなくたっていいんだぞ、今から帰ってもいいわけで」

 

「……機会を逃すのは、私の趣味ではない」

 

「そうか、趣味か」

 

俺は彼女の趣味をできるだけ尊重したいと思っている。それはただでさえ拘束して色々と自由を奪っている四辻さんに対する偽善的な罪滅ぼしでもあるし、あと純粋に彼女が世界をどう見るのか興味があるからだ。

 

彼女は俺と何となくだが世界の見方が似ている。分布図を作ったらおれが人間集団の縁のあたりにいるのに対し、四辻さんは方向は同じでもかなりぶっ飛んでいるのだろうが、それでも理解し合えていると思っている。本当にそうかはわからない。彼女のほうが合わせてくれている可能性はかなり高い。

 

「落ち着いた。行こうか」

 

「ここから新宿までは乗り換えて中央線だな」

 

そう言って俺達は案内板に従って進む。俺は何回かここまで来ていたから慣れているが、隣を歩く四辻さんはやけに堂々としているな。知らない場所に来たことによる恐れとかが感じられない。ただ、それをどこまで出すかはかなり難しいところだしある程度は個人差でごまかせるからいいとしよう。

 

「プラットフォームの場所が異なるのは、会社が違うから?」

 

連絡通路を歩いていると彼女が聞いてくる。

 

「あー、たぶんそうだな。特急あかぎはJNR関東の運用じゃないはず。どこがやってるんだ?」

 

そう言って俺はスマートフォンを取り出して素早く打ち込む。一応これは貸し出されている端末で、ある程度は好きに使っていいがあまり派手なことをするなと言われている。つまりこれでBIFRONSに繋ぐのはまずいということだ。

 

「赤城新線株式会社らしい」

 

俺はそう言って検索結果の画面を四辻さんに見せる。半官半民というやつだ。つまり税金を投じた上で、国の機関では許されないようないい加減な監査がまかり通るとかそういう場所である。

 

「……会社がいっぱいあるんだね」

 

「いっぱいあるんだよ」

 

含みのある言い方だ。彼女からすれば俺と共有してフィードバックを得たい思考がいっぱいあるのだろう。彼女は別に、最初からすべてを知っているわけでも最低限の情報から残りを推測できるような超知性があるわけでもない。彼女のインプットは人の能力の範囲内だし、情報科学が示すところによれば無から知識を生み出すのは難しい。逆に言えば一般常識とか事前分布があればかなり少ないデータからでも色々と言えるんですけれどもね。ベイズ統計学ってやつだ。

 

「そうだ。JNR関東と言っていたけれども、他にもあるの?」

 

「北海道、東北、関東、中部、関西、中国、四国、西部、貨物、通信、技研かな?」

 

「……良く覚えているね」

 

「通信と技研はよく聞く、貨物は全国共通で、それ以外は普通の地方区分。九州が西部になっているのはあれだけど、確か分割前の名前をそのまま引っ張ってきて変えられないとかそういう話だったはず」

 

「……こういう話は、きっと探せばいっぱいあるんだよね」

 

「オンライン百科事典でも読むといいぞ、一生潰せる」

 

いやどうだろう、ちゃんと考えたほうがいいな。とはいえ記事数も一記事あたりの文字数も黙読の速度もちゃんとは知らない。BIFRONSがいれば一瞬で答えを出してくれるんだろうが、そうは行かないのが難しいところだ。

 

二次元コードが印刷された紙を読み取り部に当てると、ランプが緑色に光る。昔の磁気切符は改札に吸い込まれたからいいが、いまのこの紙はポケットの中で潰されて洗濯機で回されるようになってしまっている。

 

「……中央線は、あれ?」

 

そう言って彼女は指を伸ばす。思えば彼女がこっちにやって来てから数ヶ月なんだよな。それで漢字を読み、周囲の環境を確かめ、そして問いかけるようになるというのはすごい学習速度だ。

 

「そうだ。はぐれないようにな」

 

ここで手でも掴めばいいのだろうが、別にそこまでする必要はないだろうと考えて俺は四辻さんを先導するために踏み出した。

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