超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アーキテクチャ・アストロノート 4

人気スポットというものは、人が入るぐらいにまで値段を吊り上げることになる。とはいえ俺の給与ということになって口座に入っている金を使う機会が今のところないので、こういうところで浪費することになる。

 

「……多いね」

 

「どれぐらいいるんだろうな、ああ数えなくていいぞ」

 

なんとか取れた喫茶店の窓際の席で、俺達はそれなりに下の方の交差点を見下ろしている。平日の午前中なので決して人が多いわけではないが、それでもそれなりにいる。信号が切り替わると、人の塊というにはちょっとまばらな集団が移動していく。

 

「これだけの人数を正確に数えるのは……かなり難しい」

 

「写真でも撮ろうか?」

 

そう言って俺はスマートフォンをポケットから取り出す。

 

「必要ない」

 

「そうか」

 

というか映像記憶みたいなものだろうか。あのあたりのメカニズムは正直わかっていない。人工知能の分野で画像を圧縮する過程でどの程度圧縮しながら重要な特徴量を取り出すかみたいな問題があって、コストとか計算時間を考えると適切にインデックスを付けた上で元データをそのまま置いておけみたいな話になったのだが、彼女の頭の中ではどうなっているのだろうか。

 

網膜の錐体細胞とか桿体細胞の数に比べて、視神経の数は少ない。センサーから伸びている配線がセンサーの数より少ないようなもので、つまりどこかで前処理がされている。そして見ている領域、つまり上下左右の範囲に対応した処理を行う部分と、特徴的な形とか色とか構造とかを抽出する部分とかがある、はずだ。

 

ニューラルネットワークによる画像認識と似た原理、というか神経系の(ニューラル)ネットワークそのものであるが、このあたりは最適化をしていくと人間の実装と似た感じになっている。

 

「……何かあった?」

 

「いや、考え事だ。そして話したりしたくない話」

 

「……それは、相手が私だから?」

 

「いいや、場所の問題だ」

 

「そう」

 

これでちゃんと相手に四辻さん個人の案件だと伝わっただろうか。伝わっていてくれ。このあたりはある種のゲームのようにするのは得意なのだが、どうしても考えすぎてしまうし致命的な手を打ったことに気が付けないことも多い。

 

人間関係が上手い人は、この種の危ない場所を感じるヒューリスティックをうまく作れているのだろう。たぶんそれはある程度の経験と失敗の上で学ばないといけないもので、小学生の時に友達と仲良くして絶交して仲直りとかする経験を元に中学校で友情と喧嘩といじめとかをして、高校でいい感じに恋愛とかして大学生で大人の遊びを経験してとかいうコースを通らないといけない。俺は小学校時点で履修してないものがあるので難しいな。

 

「……人間っていうのはさ、ここにあるもの全部を作ったんだよね」

 

「そうだな。何が見える?」

 

「うまく相手を避ける規則」

 

「それは別に社会的に作られたものではないと思うが」

 

敵を避けるというのはリスクが高いが必要な動作だろうし、そういったものは進化の過程で備わるだろう。別に俺は生命を作って進化させた存在が知性的(インテリジェント)なものだとは思っていないが、人工知能が知性的(インテリジェント)なのと同じぐらいには自然選択という過程には知性的(インテリジェント)な要素があると思っている。

 

その点からすると、何かを避けるという知性的(インテリジェント)な動作はホモ・サピエンス以前から実装されているものだ。だから彼女がそういう事を言うのはちょっと違う気がする。

 

「それがきちんと機能することを前提で都市を設計することは、規則を認めることではない?」

 

「あーなるほど。規則がもともとそこにあるという見方じゃなくて、その規則が用いられることを前提にした状況が作られた時点で規則が生まれるという解釈か」

 

「言葉の定義の問題だと思う。区別する必要性は、普通なら薄そうだけれども」

 

「きっとどこかの哲学者たちはなにか難しい言葉で区分してくれているさ」

 

高校時代に色々と受験勉強の時に読んだものを思い出す。正直言ってよくわからなかったが、今読んだら多少はわかるようになるのだろうか。それともああいう文章が世界に存在するんだぞっていう入口なのだろうか。

 

入口というのは大事だ。受験には使わなくとも生物をそれなりにしっかりやったおかげで俺は(lobe)構造みたいな脳をもとにした人工知能のアーキテクチャを理解しやすかった。もちろん土台になっている線形代数とかも重要だが、既に複雑な階層ができている以上はある程度上位レイヤーの視点も必要なのだ。物理層からアプリケーション層までの全てを理解しなくてもウェブサイトが作れるし、むしろ下の方のレイヤーの知識が邪魔になることだってあるみたいな話。

 

「そのあたりをうまくやる方法は、ないの?」

 

「既にあるものを活用していく観点だと難しいな。完全に学術専用の単語や言語を無から作り出すなんていうのは、ラテン語とか数学記号とか見る限りは難しそうだし」

 

「教育自体が、ある程度の共通基盤として下地を作っていると考えるのは?」

 

「妥当だと思う。社会学的に見れば、それが自分たちは同質で、同類だって考える基盤にもなる」

 

義務教育の大切なところは、それが共同体意識を作るってことだ。もちろん引き換えになるものはそれなりにあるが、国家の一員となって社会統治のコストの低い記号化された存在と見なせるようになるために必要な致し方ない犠牲というやつである。

 

たとえそれが埋め込まれたものだと自覚していても、人間はなかなかそれに反抗することが難しい。例えば俺は自分が日本人だと知っているし、日本人であることを明日からやめて他の国の人になれと言われたら国籍が変わる程度で今までの日本への忠誠よりは少し割り引いた程度の忠誠を新しい国に対して誓うことになるだろう。この減少分が、俺にとっての愛国心みたいなものだ。

 

もちろん、今の忠誠自体が愛国心とみなされうることは知っている。でもそういうのってある程度は特別であるべき、みたいな幻想があるじゃないですか。運命の人とかそういう感じで、成り行きではなく自分で選んだり、あるいは宿命的なものがあって、その上で自分がいるという幻想。

 

四辻双葉は、それをある程度は再現できるかもしれない。けれども、四十二さんはそれを持ち得ないだろう。日本政府に対して忠誠の誓いを言うこともできるだろうが、それはきっと俺達が数十年かけて社会との関係で築いてきたものの上にある忠誠とは異なるものだ。まあ俺達の忠誠とやらがどこまで一緒かというのはとても怪しいのだが。

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