超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アーキテクチャ・アストロノート 5

特急あかぎの中で、彼女は俺に寄りかかって寝ていた。寝ていいと言ったのは確かに俺だが、起きたらそういう行動がどういう意味を持ちかねないかをきちんと説明しないといけないな。

 

「……いや、理解してやっているのか?」

 

俺がいない間のログをBIFRONSからちゃんと読んだわけでは無いが、相当な量の会話をしていることは間違いない。理論的な分野については四十二さんの言語が使われているし、それについてはわからない。だが、それなりに人間の心理とか感情とかについては共有されているはずだ。

 

前提として、彼女はホモ・サピエンスだ。ホルモンがあって、神経伝達物質があって、表情筋を有している。彼女がそれなりに色々な表情を最初から作れたところを見ると、彼女が元いた場所、構造体と呼ばれるところでもコミュニケーションには表情を使っていたのだろう。

 

そうすればフィードバック系が生まれる。嬉しい時に俺達は口角を上げるが、それはある程度は先天的なもので、ある程度は学習によって得るものだ。そして嬉しい時に笑っていると、笑うと嬉しくなるということに繋がる。パブロフの犬のような古典的条件付けとはちょっと違うかもしれないが。

 

だから、彼女が俺達の心の動きを理解できないとは思えない。人工知能が行列式を通して心の理論を構築することを可能としている時代だ。もともと同じような基盤を持っている存在が学べないわけがないだろう、というのは言い過ぎだとしても学ぶハードルが低いのは間違いない。

 

息を深く吐く。隣から伝わってくる温度と重さは別に嫌いではない。もし俺に妹がいたらこういう存在なんだろうな、とか考えながらポケットから取り出した文庫本を読む。そうすれば、時間が簡単に飛んでいく。

 

ふと気がつくと、思ったより電車が進んでいた。スマートフォンの地図が言うには道のりの半分は終わっている。そろそろ起こすべきかな、と思ったがまだやめておこう。

 

そういえば彼女はちゃんとした睡眠が必要なんだよな、と今更思い出す。ショートスリーパーみたいな人もいるし、そういう遺伝子があるらしいという話も聞いたことがある。彼女にもそれを埋め込まない理由はないだろう。

 

それでもなお彼女が眠るというのなら、いくつか可能性はある。一つはアドレナリン中毒を防ぐこと。俺はプログラミングとかでかなり集中していれば三十六時間ぐらいまでは起きていられるが、その後に十二時間の睡眠が必要だし、一週間ぐらい後を引く怠さが残る。

 

「……他にも、可能性は色々あるよな」

 

窓の外を流れる景色を見ながら、俺は小さく呟く。例えば睡眠を一緒に取るという関係が生むコミュニケーション。あるいはその種の遺伝子を入れると脳がオーバーヒートしやすいのかもしれない。もしかしたら、そういった複雑な要因を人間のレベルで分析しようとすること自体がそもそも難しいということだって考えられる。

 

現代の数学の一部の領域は、人工知能なしには扱えないほどに複雑になっている。証明プログラムが正しいと言っているが、人間が手で解けるような証明がない分野はいくつかある。まあそもそもかつての数学界も一握りの人間しか解けないようなものが少なくなかったし、それが一人もいなくなったところで問題自体は大きくは変わっていないのかもしれない。

 

ただ、そういった分野が実際に役に立つのは間違いない。少なくとも、重力特異点を制御するための物理学の数学基盤のいくつかは、そうやって計算のために計算された、あるいは証明のために証明されたような領域に存在した。

 

「……起きろ」

 

そう俺が言うと、すぐに彼女は目を開けた。

 

「おはよう」

 

人間らしい挨拶をしてくるな、と考えて俺は自己嫌悪のせいでちょっとだけ顔を歪めてしまった。彼女は人間である。間違いなく。場合によっては俺以上に。そもそも複雑なシステムが目的を持ってフレーム問題を回避してヒューリスティックに世界に挑むなら感情みたいなシステムが生まれるのは当然だし、そうでなくとも挨拶とコミュニケーションは人間関係にとって重要な基盤だろ。たとえ俺がそれを理解するのが難しくたって、それは存在し続けるのだ。

 

「良く寝れたか?」

 

「頭が疲れたのは楽になった」

 

「そうか」

 

楽になったということは、完全には回復していないということか。多人数のいる環境に放り込まれたことで慣れた方法で世界を認識できなくなった、というのはあるかもしれない。ただ、彼女をそういう環境に閉じ込めて、慣れるためのトレーニングをさせなかったのは俺の責任でもある。

 

一応、俺達の行き先は事前に須藤さんには伝えていた。常に監視がされていたわけではないだろうが、連絡すればすぐ来てくれるような場所に関係者がいた可能性は高い。もちろんそういうことに慣れた人を動かすということはそれ自体が何かがそこにあることを意味してしまうから限界はあるだろうが、それでも俺より、そしておそらくBIFRONSより須藤さんはうまくやるだろう。

 

それは経験と知識というものだ。多くの人は自分がいつもどう考えているかを言葉にして本に残したりはしないし、直感的に動いたことを後から思い出して記録したりもしない。

 

「楽しかった」

 

「それはよかった」

 

「ただ、毎日行くのは辛い」

 

「だろうな」

 

俺もあんな人混みの中で毎日出勤するとか言われれば嫌だと言いたくなる。大学に毎日真面目に通っていた学部時代でも結構辛かったんだ。しかしそう考えると俺って高校時代はどうやって生きていたんだろうな。朝から夕方まで授業があって、その上で塾とか行って受験勉強を熱心にやっていたんだぞ?

 

それを思い出そうとして、記憶が色々と白く抜けていることに気がつく。きっと辛すぎたか、あるいは脳がもう思い返す必要がないとしてしまったものだろう。それでも俺の知識は、当時のものを基盤として残ってくれている。

 

たとえ四辻さんが今日のことをずっときちんと覚えていたとしても、俺にとって数日後には今日の色々はぼんやりとしたものになるだろうし、一年もすれば思い出すのが難しくなるだろう。それは俺という人間の限界というか仕様であって、そこを嘆いたり変な要素を見出したところであまりいいことはないのだ、と自分に言い聞かせながら俺は目的地を知らせる電車の放送を聞いた。

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