俺と四辻さんは、いくつかの場所に出歩くようになった。いくつかは須藤さんから指示された警戒が激しい場所だ。そういうところであれば、俺達を追跡しているだろう人を俺達が重要人物だという事実なしに探せるということらしい。そもそも追跡されている時点でかなり悪いらしいが。
「それで、今日の須藤さんはオフですか?」
赤城大学は旧官立大学の系譜を継ぐということになっているが、実質的にこの赤城先端学術都市のために作られた大学である。そしてここの食堂では、休日のメニューは絞られている。いや、開いているだけいいとするか。
「ああ。科学技術事務次官が出るシンポジウムがやっていて、その警備がちょっとものものしいのとは特に関係がない」
そう言いながら、彼は焼き魚を食べる。ちなみに俺と四辻さんはラーメンだ。珍しいものを食べたいということで、俺が見本を見せるのも兼ねて一緒に頼んだ。
「複雑な言い回しは、否認できるようにするため?」
「ある種の暗号でもあるな。それを理解できる文化背景を有しているという承認だ」
四辻さんの質問に俺は答える。
「さて、本題に入ろうか」
そう言って、須藤さんはUSBメモリを出してきた。
「……暗号化は?」
「してある。解読には未だまともに動かない量子コンピューターを必要とする」
「作成したコンピューターは?」
「政府が使っているスタンドアロンのものだ。電力でも独立しているし、外部に何かを送信できるような部品は取り外されている」
「バックドアがあったとしても使えないようになっているわけですか」
俺の言葉に須藤さんは頷く。某国がデバイスに色々と仕込んでいて外部から情報を抜けるようになっているみたいな話はあるが、実際のところそういうものを作るのはかなり難しい。もちろんそういうソフトウェアを作ることは可能だし、それを有償ソフトの中に組み込んでおいてアップデートの通信に紛れ込ませてそれなりの情報を送ることはできるだろう。
ただ、それは別に秘密や悪事とは関係なく行われていることでもある。匿名化されているということになっている位置情報や、デバイスの性能についての統計調査ということになっている情報送信。ウェブサイトにアクセスする過程でやり取りされるデータを分析すればOSとブラウザと接続場所まである程度は特定できるのだ。そしてもしそれらが改竄されるか匿名化されているなら、それはそれで重要な情報になる。
「ああ。それにこちらもある程度はそういったものを仕込もうとしているからな」
「意思だけ、ですか?」
四辻さんが須藤さんに尋ねる。うん、ここまで文脈を読めるようになるのか。あるいは他人の心が良くわからないと言われる俺でさえわかるようなパターンを学習するのは決して難しくないということなのかもしれない。
「ああ、そもそも我が国にはそんなに人気なハードウェアもソフトウェアもない」
「ゲームは政府機関や機密施設のコンピューターには入りませんからね……」
俺は呟く。そもそも日本だってそこまでゲームとかの分野が強いと言うほどではないのだ。確かにここ数年で出た日本の名作タイトルらしいものを知識として俺は言えるが、その数倍の他の国の作品を言えるだろう。
「既に入っているソリティアで潰せる暇には限界があるから、ある程度は許容されることがあるがな」
須藤さんが小さく笑った。ということは政府機関や機密施設で閉じ込められて生活をしなければならない人がいるのか、可哀想なことである。もしかしてそれって俺達のことだったりしませんかね。でも俺はそこまでゲームが好きでも得意でもないし、人工知能を弄っている方が楽しいのでそちらでいいか。
「で、これは?」
そう言って、俺はUSBメモリを取る。
「ロードマップだ」
「期間は?」
「ひとまず十年間、実際にはより長期のものだ。そのために、我が国は重要なガジェットについて諦めることになる」
それが何を意味するかは、須藤さんの経歴と専門からは明らかだ。実質的に必要なネットワークや人員は変わらないかもしれないが、それでも一度に2つの秘密を抱えることはできないのだろう。
「……そのための人材と資源を、これの裏に回すと?」
「ああ。まずやらなければならないのは私の後継者探しだ」
「俺は無理ですか」
「学閥というのは、否定できないものなのだよ」
そう言って須藤さんは息を吐く。まあ、三河工業大学っていうところはなめられるどころか相手に知られていないなんてことも珍しくないからな。いやいいところなんですよ?それはそれとして知名度は低い。
「……なるほど。その人物と、俺は繋がるべきですかね」
「できれば切り分けたい。そうすれば、アセット42はただの計算機になる」
「私はあくまで、それに関連する技術者でいられるわけですか?」
「そうだ。嘘にはなるし、もし相手が可能性にでも気がついたらいくつかの調査でそれは暴かれるだろうが、もしそうなったらその時だ。必要なことだったと理解できるような人間を選ぶつもりだ」
「そういう人がいればいいですけどね……」
「決して珍しいものではないぞ。適切な経験を、適切に積むだけだ。生まれつきの才能を否定するわけではないが、一定程度の素地があれば対応は可能だ」
「候補は既に?」
「何人かに紹介してもらうようには頼んでいるが、必要な分野がどうしても広い。詳細はここに書いてあるが、まずは数学分野については匿名で公開することを考えている」
「……
「あそこは色々と厳しいから、その系列のもう少し緩い場所になるがな。必要であれば送信はこちらで行うから、論文だけを用意してくれればいい」
「通信経路で割られませんか?」
「色々と対策があるのだよ。どの端末で、どこから送信したかまでわかっても、その場所で端末を誰が操作したかまではわからないようにすればいい」
「良く考えられているな……」
俺はそう呟きながら、具体的な方法に少し想像を馳せていた。例えば中古のスマートフォンを複数台買って、うまく組み合わせて本体情報をごまかせるようにして、それを使って人混みの中でデータを送信したら、本体については完膚なきまでに壊しておく。物理的破壊と酸とテルミットがあれば、エントロピーの操作でもできない限りは戻せないだろう。
逆に言えば、それぐらい念入りにやってもやり過ぎではないのかもしれないのだ。俺達が公開することになる情報は、その後の二十年を変えうる基礎理論なのだから。