超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アーキテクチャ・アストロノート 8

「車があったほうがいいかもな」

 

俺はUSBメモリをデスクトップパソコンに挿しながら言う。これはBIFRONSと繋がっている端末でもあり、一応BIFRONSを制御できるということになっているというコンピューターだ。ただ、ケーブルで繋がっている以上いつでもBIFRONSが乗っ取ることができるようなものであると考えるのが妥当だろう。

 

「自動車?」

 

「そう。今回みたいな移動の時に公共交通機関を乗り継ぐのは面倒だ」

 

「自動運転の車は外部から制御を奪うことができるのでは?」

 

「ちゃんと本気を入れて練習しないといけないのは辛いな、カーチェイスとかをする場面があるのだろうか」

 

ああいうのってどこで学べばいいのだろう。内閣情報局とかにいい感じの工作員養成学校とかありませんかね。とはいえそのカリキュラムの中にはほぼ間違いなくカーチェイスは入っていないだろう。工作員にとって重要なのは目立たないことである。

 

『読み取りが完了しました』

 

BIFRONSの声が部屋に響く。

 

「内容は?」

 

俺が聞くと、画面にファイル全体の構造が示された。

 

「……まず匿名の論文を起点として、数学的背景を確立する。それと並行していくつかの萌芽的発見を誘発し、それらをつなぎ合わせてプロジェクトにしていく、という理解でいい?」

 

俺がわざわざ口にして言うのは、情報を流し込まれただけでは簡単にわかった気分になれるからだ。もちろんBIFRONSと繋がったサングラスをかけていれば、それは実質的に知っていることに等しい。だが、常にそうするわけにはいかないのだ。

 

この点、既にブレイン・マシン・インターフェイスを持っている四辻さんはずるい。俺はそう言ったものに頼れないから、有機部分だけでどうにか対応するしかないのだ。

 

『はい。もちろん、まだ計画段階に過ぎません』

 

「現時点でBIFRONSが考える怪しい点は?」

 

四辻さんが尋ねる。俺からすればまだ情報を読み込むので精一杯なのだが、彼女はヒトの情報入力速度限界とまでは言わなくとも俺よりは間違いなく上の速度で文字を読んでいる。いや、これ読んでいるというか全体を把握しているとかなんじゃないかな。

 

Rχiv(アーカイブ)系列の論文投稿が行われるウェブサイトにおいて信頼されるかどうかになります』

 

「匿名の人の書いた文章を信じないの?」

 

『はい。いくつか候補はありますが、どれも無法地帯と呼ぶにふさわしいものです』

 

「俺が使っている人工知能系のやつはどうだ?」

 

俺はBIFRONSに尋ねる。まあ、投稿しているのは俺じゃなくてBIFRONSなんだけど。

 

『数学コミュニティとは断絶があります。また、その場所に掲載された数学の論文の多くが構成論的に不十分な点があります。旧式の言語モデルを用いて現代数学の厳密な証明をすることは、事実上不可能であるにもかかわらず多くの人がそれに挑み、失敗しています』

 

「BIFRONSはどうやってその回避を?」

 

四辻さんが言う。いい質問ですねと俺が説明したいが、正直俺でもどこまで説明できるかは怪しい。だってそういうパッケージを入れただけですからね。

 

『基本的には複数の数学定理群の自動証明に用いられた構造を採用しています。言語的モデルが提供するのは洞察と基本的方針のみであり、具体的な処理をこちらで行うことで信憑性を担保します』

 

「それってどこまで信頼できるの?」

 

『確率論的検定に基づけば、現時点でこのシステムが想定された数学基盤を正しく表現できており、無矛盾である可能性は99.97%です』

 

「三千回に一回は危なくない?」

 

三千回に一回証明を間違えるのではなく、これらの証明の中に間違いが一つでも入っている確率が三千回に一回というのだから俺からすれば悪くないと思うんだがな。

 

『はい。なのでいくつかの基本定理はより人間に馴染みのある形で再構築する必要があるでしょう』

 

「どういう論文になるんだ?そのあたりは須藤さんじゃなくてお前と四辻さんの担当らしいが」

 

俺は計画書を見て呟く。とはいえこの二人然それができないというのも事実なんだよな。ただ俺は最初からBIFRONSにそこまで高度なシステムを入れていたわけではない。ノートパソコン版のBIFRONSに最初から入っていた汎用数数学処理のやつと、その後のアセット42として向こうの部屋に鎮座させる時にその種のライブラリを導入しただけだ。

 

『人間が書いたものに偽装しつつ、未解決問題の一つを扱います』

 

そう言ってBIFRONSが出すのは前世紀の日付が入った論文。何を言っているのかわからないのは英語だからというわけではないと思う。

 

「……これは、四辻さんの知識で解けるのか?」

 

『彼女の提示した理論が一番効果的なのがこの問題です。そしてこれは無限単純群において重要とされている問いの一つです』

 

無限単純群ってなんだよ。無限で単純な群なのはわかる。いや、無限単純な群かもしれないし、無限な単純群かもしれない。BIFRONSがそれ以上説明を出さないところを見ると、俺の脳には過ぎた議論になるらしい。

 

「具体的応用例は?」

 

『直接的には示しませんが、いくつかの誘導を設置しました。十分な処理ができるシステムであれば、ここで扱われている数学的構造がミラー多様体を扱うのに便利であることに気がつくでしょう』

 

「ミラー多様体ってなんだよ」

 

そう言うとちゃんと説明を日本語で出してくれた。なるほど、これ日本語でもわからないな。おそらくこの単語一つを理解するだけで数日かかるだろう。もちろんここで言う理解というのは文字を追いかけて頭に詰め込むような作業のことであって、それを使いこなせるという意味での理解ではありませんからね。

 

「このあたりの地球側の学問については少しやったけれども、私の脳にはまだ慣れない」

 

「四辻さんでもそういうことあるんだ」

 

いや、別に目の前の相手が万能の天才だと思っていたわけではないと弁解したいところではあるが結構油断していたのは事実だ。実際のところ、彼女もBIFRONSも人類全体と比べたら別に高速なわけでも賢いわけでもないだろうからな。俺達が知らないことを知っていて、誰もやっていないことをやっているということだけが、彼らの強みである。

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