超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アーキテクチャ・アストロノート 9

「だからこっちのモジュールのトークンがまだ慣れきっていないわけだから」

 

「問題点ではそこではなく、フィードバックが弱いことなのでは?」

 

「これ以上強くすると否定前提で入るんだよ、デタラメ理論を証明するのと同じぐらい、正しい理論を否定するのってのは楽だからな」

 

俺と四辻さんは議論をしている。そう、俺の専門である人工知能構築について、四辻さんは議論ができる水準にいるのだ。正直言って、これだけ話せるならその分野で博士号持ってる研究者だと言われても納得できそうだ。まあ俺が博士号持っているわけじゃないし、そもそも取ろうとしているのは工学博士になるんだよな。やるのは言語学なのに。

 

「BIFRONSはどう思う?」

 

四辻さんが尋ねる。

 

『知識の偏りがあるので、あまり効果的な意見を述べることはできないと思われます』

 

「そういうもの?」

 

『はい。人工知能の学習データはインターネット上に存在したものを中心としていますが、その中には膨大な情報科学技術の分野のデータが含まれています』

 

「データの共有がインターネット上でされていたから?」

 

『情報共有コミュニティが形成されていたことも大きいでしょう。それ以外の分野と比べても、インターネットを前提としたプログラミング、そして人工知能のコミュニティは公開されている傾向にありました』

 

「あくまで傾向だがな。一定以上詳しいことはクローズドコミュニティで行われたり、そもそもやっているのが研究機関や企業だったりしたのもあってブラックボックスになっていることも珍しいものじゃない」

 

一応補足しておく。まあそんなことを言わなくとも彼女は他にも知っている人類社会の構造の知識とかと組み合わせていい感じに補完していそうではあるが。

 

『ここ十年での生成的プログラミングの発展もあり、非常に質の低いコードが学習元に多く含まれています。論理的分析において、BIFRONSの能力は信頼には値しません』

 

「ちなみにこいつが言う信頼できないっていうのは百万回に数回のミスがあるってレベルらしいぞ」

 

俺はBIFRONSのレンズを見て言う。いや、確かに膨大な繰り返しをするような作業においてそのようなミスはかなり致命的問題を引き起こすとは思うのだけれどもそれでも人間より信憑性は高いんだよ。だから別に謙遜することはないと思う。さもないと俺がインポスター症候群になるぞ。

 

「このあたりは構造体の構築手法を援用したいところだけど……」

 

そう言って、四辻さんは言葉を止める。

 

「どうした?」

 

そう言いながら俺は部屋の中の冷凍庫から保冷剤を取り出しておく。ブレイン・マシン・インターフェイスのオーバーヒートは良くないですからね。誤用の意味での知恵熱に近いものらしい。

 

「私にはそれが理解できない」

 

「どういう意味でだ?」

 

四辻さんが理解できないというのはかなり良くないことだ。それは間違いなく俺には理解できないし、BIFRONSが捉えられるかもかなり怪しい。

 

「その展開に必要な情報空間が、脳では収まらないと言えばいい?」

 

「むしろ圧縮すればいけるのか?」

 

「基本的な論理概念の組み合わせとして処理を表現する場合、適切な圧縮アルゴリズムがあれば構造全体の情報をもたせることができる」

 

「……なるほどな、脳部分だけの遺伝子配列だけを知っているみたいな状態なわけか」

 

「比喩としては比較的近い」

 

『そうなると、そもそもBIFRONSの拡張に使えるようなアーキテクチャではないでしょうね』

 

その言葉に四辻さんは頷いた。

 

「ま、だから俺達はちゃんと真面目に作るしかないわけですよ」

 

そう言って俺は改めて画面を見る。作っているのは数学分析用のやつだ。ハードにロジックを組む部分と、ソフトに証明の組み合わせを試す場面を分離している。二つの異なる数学基盤を元に作っているから、この両方が正しいと判定した理論ならまあ信頼していいだろう。

 

「既にあるシステムを活用できない理由は?」

 

「さっきの圧縮の問題に似ているんだがな、人類が知っているやり方だとたぶん指数関数的に複雑になるんだよ」

 

数学や物理学には独特な記法が多い。そういう形で整理することで人間の脳が整理できる範囲に落とし込んで、直感と記号操作で処理ができるようにしているのだ。例えば線形代数なんてやっていることは膨大な掛け算と足し算だけと言えばそれで終わりであるが、無限次元とかを扱うとなると全部書き出すような表記法では追いつかなくなる。

 

まあ、俺は正直ブラケット記法もわからない人間なんですがね。材料情報学(マテルインフォム)やっていてそういう立場になるのは良くないとはわかっているが、そもそもソフトウェアの中身を全部理解している人がどれだけいるかという話ですよ。

 

もちろん、これを掘り下げると大変なことになる。たぶん実装者も数学理論をちゃんと手を動かして証明することは少ないだろうし、使っているライブラリの最適化の過程でマシン語直書きのものがあるところまで追いかけていない可能性が高い。というよりその種のライブラリはプロセッサごとに作られるとかあるからな。俺も知識として存在しか知らないものも多いし、きっと知らないこともたくさんあるのだろう。

 

「そちらで作業している時間が長いようなら、私は私で解かせる問題を作っておくけれども」

 

「お願いしていい?」

 

「任された」

 

そう言って、四辻さんは指を鳴らす。これはたぶんそういう儀式を人間がするという学習の上での行動だ。でも俺達だってなんかかっこいいからすることも多いからね。

 

軽やかなテンポでキーボードの音がする。ちょっと覗き込むが俺の目には構造化された言語には思えなかった。勝手な推測だが、ラムダ式みたいなあれだろうな。あれだってプログラミングの時にちょっとした関数を作るのに便利だし、関数自体を扱うのには向いている。俺は使いこなせていないが。

 

「……気になる?」

 

彼女は指を動かすペースを変えないまま聞いてきた。おそらくこれは出力作業であって、既に大まかな方針は考えられているのだろう。書いてからではないと全貌を見ることができない俺と違って、彼女は脳のメモリ領域が広い。

 

「少し。だが、俺はこっちをやる」

 

テストとコードは機械支援とはいえ、一応は全部俺が目を通すことになるコードだ。作るのが一週間ぐらいで終わるといいな。

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