超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アーキテクチャ・アストロノート 10

その投稿がなされた事を、俺達は知らなかった。それは須藤さんからすれば妥当な判断なのだろう。そこにもし謎の場所からアクセスがあったという記録が残れば、それは疑われる十分な要素になる。

 

「ただ、注目度は低いってさ」

 

そう言って俺は須藤さんから送られてきた分析ファイルを開く。これは既に科学技術省がプロジェクトとして走らせているクローラー経由で取ったものなのでアクセスログは残らないそうだ。

 

「あれ、あまり大きなファイルは送ることができないって以前言っていなかった?」

 

四辻さんが聞いてくる。

 

「通信傍受が前提だからな、この先の内容を知られたらまずいからメモリを直接手渡しにしていたが、そうでなければ送っていいということだろう。もしこれを見ている人がいるならちゃんと活用してくれ、ってことでもあるんだろうし」

 

それは繋がっているかわからない監視カメラに手を振るような行為だが、常にそういう事を考えなければならないというのは大変だろう。本来は俺達ももっと考えるべきなのかもしれないが、こんな心地よい箱庭を与えられているので残念ながらあまりできることがない。

 

「あまり整合性がないように思える」

 

「俺達の世界はそんなもんだ、諦めて飲み込んでくれ」

 

とかなんとか言いながら分析結果をBIFRONSに画面に表示させてもらう。

 

「……これは、アクセス数としては悪くないんじゃないか?」

 

俺が呟くと、BIFRONSは他の事例とか統計データも一緒に表示させてくれた。うーんそう考えてみるとそこまででもない気がしてきたな。とはいえアクセス数トップ100に入っているというのは普通に悪くない範囲だと思う。どれだけの人がこのサイトを見ているのかは知らないが。

 

『有名な未解決問題を扱ったわけではなく、あくまで手法の提示に過ぎませんからね』

 

「最後まで証明を書けばインパクトは大きかったかもしれんが、限界があるか」

 

『独特の記法を導入したのがどう響くかですね。実際にこの種の問題に取り組んでいるコミュニティに届いたのであれば影響は出るでしょうが、それでも時間がかかるはずです』

 

「俺達がそこに入っていけないのは難しいところだな……」

 

「難しいものなの?」

 

四辻さんが俺の方を見て聞いてくる。

 

「いや、可能か不可能かで言ったら可能だ。インカムつけてBIFRONSについてきてもらえば、それなりの数学者の前でもわかったふりはできるだろう。隣の分野に理解はされていなくとも興味を持ってもらうと嬉しくなるのはどの界隈でも同じはずだ」

 

とはいえ基礎的知識は必要だろう。BIFRONSの補助があるとはいえ、それは松葉杖のようなものだ。本来の歩き方を知っていて、足が支えになるぐらいに動いて、腕にしっかりと力がなければ使えないのだ。

 

「そのあたりは実際に参加しないとわからないもの?」

 

「ブログとか読んだ記憶はあるけど、やっぱり学会の後の打ち上げの世間話とか教授の無駄話とかに依存している気はするな……」

 

機械工学、材料工学、人工知能に言語学。俺が触れている分野はたった四つで、世界には数百ぐらいは同じような分野があるだろう。それぞれにしきたりや禁忌があるはずだし、おそらくある程度は共通しているものもある。

 

「……どうしても現実の社会を理解しないで行動することに不安が残る」

 

「かつていた場所ではどうだったんだ?」

 

「私たちの考えられるようなことは既に考慮されていたから、その点で不安を感じるという概念がなかった」

 

「……俺達がいきなり光速度が変わるとか、鉄56が不安定核になることを恐れないようなものか」

 

「おそらくそう。もちろん、私たちはそのどちらも変えることができたけれども」

 

「理論の構造だけはわかったが、何度聞いても無法だよな……」

 

構造体は宇宙のパラメーターを書き換えることができる。俺達がプラスチックや合金の組成をいじくってちょうどいい材料を手に入れるように、彼女というか構造体は都合の良い宇宙を作って、そこで色々な操作をしていた。

 

ただ、それは俺達にとっての原子力発電みたいな相当なコストと手間がかかる技術であったのは間違いないらしい。その一環として時間的閉曲線を用いた計算を行っていたようで、それがどうにか悪さをして彼女がここにやってきた、というのが今の時点で俺が理解している背景。

 

おそらくBIFRONSはもっと高いレベルで理解している。相対性理論を早く動けば時間が遅くなると理解している小学生と、電磁場のローレンツ変換を物理概論で手計算させられた大学生では同じようなことが言えたとしてもその背景が違うってやつだ。俺はその時の物理概論の式を人工知能に確認してもらって修正に修正を重ねて出したから何も言える立場にはないがな。

 

「法則は依然として存在する。ただより拡張される形になっただけ」

 

「光速より十分遅くて、プランク定数よりも十分エネルギーがあれば、ニュートン力学でだいたいなんとかなるみたいな話なんだろうが……」

 

「そちら側の物理学はまだ介入すればどうなるのかが見当がつく。問題は複雑な系」

 

「人類社会?」

 

「そう」

 

超知性は、別に世界を支配できることを意味しない。一人を相手にしてその相手を洗脳することぐらいなら、不可能ではないだろうぐらい。実は俺は四辻さんに操られているのかもしれないな。怖いのでBIFRONSの言いなりになろう。どっちもどっちだな。

 

「……そのあたりを考慮している時点で、四辻さんは人類より十分賢いよ」

 

「人類は愚かではないよ。一人でできることが限られているだけ」

 

「孤立主義で、自分が特別だと考えていて、相手を理解したつもりになってコミュニケーションをおろそかにする存在は、十分愚かだろ」

 

「少人数集団しか知らなくて、特有の識別番号を持って、決められた手順通りの交流しかできない存在は、愚か?」

 

「自己紹介か?もっとうまくやれ」

 

確かに彼女の経験は俺よりも社会については少ない。だからなんだ。おそらく彼女は勇気を知らない。それが必要な場所で、彼女はためらうことがないだろう。彼女は恥を知らない。そのように振る舞うことはできても、それが自身の枷になるなら存在しなかったことにできるだろう。

 

俺が相手にしているのはそういう存在だ。そして彼女はふわふわと浮いているんじゃなくて、地に足をつけて世界を作り上げようとしているのだ。

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