超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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レント・シーキング 2

「……まあ、元気そうで何よりだよ」

 

そう言ってあまり広くない教授室でキーボードを叩くのは岩間(いわま)教授。俺の指導教官であるが、かなり久しぶりに会った人だ。ちなみに彼は英語圏では苗字をGammaと読ませています。ブリュアンゾーンの中心だからということらしい。固体物理学やっている人ではないとわからないジョークだが、この人は固体物理学の専門家なので仕方がない。

 

「ええ。どうにか就職先も決まりましたから」

 

しばらく来なかった間に、俺はインターンをしていたことになった。真実ではないのだが、嘘とも言いにくいところだ。須藤さんの謎の力で作られた先工研で働いている記録もあるし。内定とかもらえるのかな。それとも博士号持ちだと新人採用とは別枠だからそういうのないんだろうか。

 

「宮部先生のところに預けて大丈夫かとは思っていたんだが、かなりしっかり論文とか書いているんだな」

 

俺の名前で検索した結果を教授は見ている。たとえBIFRONSがかなりの割合を担当していたとしても、一応共著者になるぐらいの貢献はしているので自分の論文だと言っていいだろうものたちだ。このあたりは自分に対するギフト・オーサーシップにならないようにする研究者倫理的なものだ。

 

「プレプリントばかりですよ、査読通ったのは今までに二件」

 

「アカデミアに行かないなら十分じゃないか?」

 

「今は博士号の価値が暴落しているとは言え、流石に教育者がそれを言ったらまずいでしょう」

 

この若い教授にはそれなりに恩があるが、とはいえ学生とは対等に話したいと考える人だ。俺の態度は少し彼の基準からしても悪いかもしれないが、断れない立場の俺を良くわからない人物のところに送り込んだ分の愚痴ぐらいは言ってもいいだろう。宮部先生は普通にボケの入りかけた爺さんだから話すの難しいんだよな。

 

「……完全に理解できているわけではないが、かなり面白いことをやっているのはわかるぞ」

 

「ただ、そうすると博士論文の審査が面倒になるんですよね。今のところ人工知能のシステム側に寄せてどうにか理解してもらえるようにしたいんですが」

 

「君が好きに書けばいいだろう、それを理解できないほど専門家というのは愚かではない」

 

「……だと、いいんですが」

 

俺はアカデミアに幻滅しているというわけではないが、そこにいるのが所詮人間だという事を知っている。自分がわからないものに対して、それが誤っていると考えたくなるのは良く理解できる。俺だってBIFRONSが間違っていて欲しいと思うもの。

 

「まあ、人が足りなければこちらの人脈で多少はどうにかするよ。そのぐらいは指導教員としての責務だ」

 

「……ありがとうございます」

 

素直に感謝しておくべきだろう。よその研究室の噂はたまに聞くが、酷いところは酷いという。今でもそう言うものが残っているんだなという驚きもあるが、継承された遺産というものはなかなか失われないのだという諦めもある。まあ、変わらないということは良いことでもあるのだが。

 

例えば今の査読システムは紹介と人力と無償というところを、少なくとも建前上は基盤としている。そうしなければ多くのプレプリントサーバーのように酷いことになるだろう。Rχiv(アーカイブ)はかなりうまく行っている例外なのだ。

 

「あと君についての調査の電話が来たんだが、やっぱり国プロとかに入るのかい?」

 

「言えるわけ無いでしょう」

 

「それもそうだな、というよりこれは言ったらまずいやつだったな」

 

そう言って教授は笑う。俺も空笑いをする。

 

「ところで教授、何か言いました?」

 

「……何も言っていないが?」

 

「そうですよね、耳鼻科とか行ったほうがいいかもしれません」

 

「それは本当に行っていたほうがいい。今は平日でもかなり自由に動けるだろうが、仕事に就くとそんな余裕は本当になくなるからな」

 

岩間教授は俺に身を乗り出すようにして言った。まあ四辻さんの案件で全身検査は受けたしあの時に聴覚検査はしたからな。たぶん大丈夫だろう。

 

「……研究室の方は、今どんな感じですか?」

 

「M2がそろそろ叫びだす頃だ」

 

「もう年末ですからね」

 

いつの間にかかなりの時間が経っている。四辻さんと最初に出会ったのは半年ぐらい前のはずだぞ。こんなだと十年間はすぐに終わってしまう。おそらく次に意識を取り戻したら自動車が空を飛んでいて人工知能に世界は支配されているに違いない。恐ろしい。

 

「このあとのゼミ、出るだろう?」

 

「ええ」

 

一応は俺もこの研究室のメンバーである。あまり顔を出していなくとも、スライドの内容について質問をすることぐらいは許されるだろう。

 

「……しかし、君も変な道に進むものだな」

 

そう言って教授は立ち上がり、ノートパソコンとノートとその他諸々を抱える。

 

「流されるままにというやつですよ。俺にはこれといってやりたいものもなかったし、得意な人工知能の分野と言ったって開発ができるわけじゃなかった」

 

「既にあるものを組み合わせるだけでも、それは十分にすごいことだぞ」

 

「もう人工知能がそれをできるようになってきているんですよ。もし俺が数年情報を仕入れるのをサボったら、たぶん追い抜かれます」

 

いや、もうBIFRONSには追い抜かれているだろう。俺が舵取りをしている気分になれるのもいつまでかわかったものではない。そしてあと数年すれば、四辻さんはその水準に到達するだろう。どこに出しても人工知能の実務者だと言える女性であれば、彼女自身が危険な情報を持ち込んだと考えられる可能性は低い。

 

いや、結局のところ超知性を生み出した凄腕エンジニア扱いになるからあまり危険度自体は変わらないかもしれない。それでも扱いやすい概念に落とし込めるってことは重要だ。異世界からやって来た人に対して行政ができることは少ないが、戸籍があれば色々と便利になる。

 

「なら、学び続けないとな」

 

溺れるか泳ぐか(Sink or Swim)、あるいは出版か死か(Publish or Perish)ってのは嫌なんです」

 

「……そうだな。悪かった。学び続けられると、いいのかもしれないな」

 

「気にしないでください」

 

アカハラとか言われかねないんだろうな、と教授の口調から考えてしまう。俺は先に部屋を出て、ゼミの会場になっている空き教室に向かうために教授が鍵を閉めるのを待った。

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