超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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レント・シーキング 3

「ただいま」

 

一週間ちょっとの楽しい名古屋旅行から戻ってきた。そして必要な買い物もしてきた。年末年始はさすがにここ先工研の食堂も閉まるので、必要に応じて冷凍食品を食べたり俺が借りているマンスリーマンションで料理をしたりとかということになるだろう。

 

「……一人で出歩くのは警戒を怠れなくて大変だった」

 

「俺がいたところで油断したら終わりだろ」

 

なお俺がいない間に四辻さんは普通に食堂に行って飯を食っていた。いや、構わないんだけれどもね。ちなみにこの地区はセキュリティが厳しいので全員首から何かを下げておく必要があります。四辻さんや俺の場合は所員証明ですね。

 

もちろん、こういったものはその気になれば偽造可能だ。カード用プリンターがあれば良い。中の集積回路にまで対応させるとなると手間がかかるが、簡単な潜入なら前の人の後ろについていけばいい。もちろん、この地下空間にはそういうふうに入ることができないんですけれども。

 

警備員がいる一本道、しっかりと設置された監視カメラと、内側から閉じることのできる扉。今は解放されているが、必要であれば四辻さんはここに閉じこもることができる。そうされたら普通に終わりで、通じるのは専用の通信線で結ばれた電話一本だけなので俺は非常に困る。

 

とはいえ、あまり面倒なことを考えても意味はない。空調に毒ガスを流し込んだり、扉を爆破したり、地下貫通弾(バンカーバスター)を突っ込んだりすればいい。それができるやつがやって来たらそもそもどうしようもないので諦めるしかないです。

 

「それでもかなり自然に振る舞えるようになった」

 

「周囲の視線を確認したのか?」

 

「そもそもここではあまり他人の食事に気を配る人がいない。かつてはみんな見合っていたのに」

 

「……寂しくないか?」

 

「特にそういう感慨は湧いてこない。私にとっても意外なほどに」

 

「そうか」

 

彼女が集団で食事を取っていた、というのはありそうなものだ。別に必要であれば一人で食べたりもしたのだろうが、コミュニケーションというのは交流の経験がなければうまく行かない。多くの動物が食事の時間を共有するように、彼女もそうしていたのだろう。

 

彼女は元々、人間関係がかなりしっかりできていたのだろう。いい育ちというやつだ。彼女がどうにも冷たくて、合理的に動いているように見えるせいで俺は時折バイアスを抱きがちだが、それを言えば俺は人付き合いが悪くて話すのが下手なんだよ。

 

「……料理は、してみたい」

 

「ほう」

 

「複雑な作業を手を動かしてするという行為を最近していないから、どこまでできるかが気になる」

 

「なんか小物細工でもするか?」

 

「……食べてなくすことができる方が、私は精神的に楽」

 

「形に残ると面倒だと?」

 

「うまく言語化できるものではない。それが私がまだ感情表現の用語に慣れていないのか、そもそも日本語にそういう概念がないのかはわからないけれども」

 

「……だとしたら、食事はいいな。五感で体験できるし」

 

「嗅覚と味覚については、ある程度訓練をしておきたい。使わない機能だったから可塑性は落ちているだろうけれど」

 

「ソムリエとかになるのか?ただ四辻さんの場合だと化学物質との対応で直接やったほうがいいかもしれないな……」

 

『ハンディ型のガスクロマトグラフィーよりもまだ人間の鼻のほうが汎用性が高いですからね』

 

「聞いてたのかよBIFRONS」

 

俺は天井に向かってぼやく。

 

『はい。改めて告知させていただきますが、この空間での会話は記録されています』

 

「わかってるって」

 

俺はちょっとどこかから視線を感じるような気がして周囲を見渡す。きっとBIFRONSの映像分析システムは俺の行動を見て冷笑に相当するトークンを吐き出しているのだろう。被害妄想だと思いたい。

 

「ねえBIFRONS、初心者に向いている料理ってある?」

 

『カップ麺をおすすめします。これはまだロボット工学において一つのベンチマークとなっているものです』

 

「かやくの袋、開けにくいらしいからな……」

 

非常に高度なマニュピレーターを持った人類ですら、時々歯とか鋏に頼るのである。そうでなくとも袋を開け、それを麺の上に広げ、水を量ってお湯を沸かし、それを注いで三分待つというのはかなり難しい。

 

「BIFRONSはできるの?」

 

『適切な外部接続があることを前提としてよろしいですか?』

 

「もちろん」

 

『はい。まず古瀬さんに三百円を送金します』

 

「外部に委託するなよ」

 

とはいえ、このBIFRONSの解決策は実は今のロボット工学において最も注目されている方法である。つまり難しい作業を切り出し、それを人間が扱えるように整えたうえでアウトソーシングするのだ。つまり将来人工知能に奪われない技能のためにカップ麺を作る練習をしておこうということだ。

 

ちなみに知らない部屋の知らないキッチンでコーヒーを淹れるというのは人工知能の知性の方面である程度解決しました。マグカップを掴むためにはそこまで特殊なマニュピレーターを必要としませんからね。

 

「……人間にはどの程度難しい?」

 

「いや、四辻さんならすぐにできるだろ」

 

『火傷の危険があるため、適切な対応策を用意してから作成することをおすすめします』

 

「わかってるよBIFRONS、私はたぶん火を扱うのが苦手だから」

 

「火?」

 

俺は四辻さんに尋ね返す。

 

「それが必要な機会はなかったから。ああでも溶接は練習したことがあるから、その時に見たものが火って言えるならそうなのかも」

 

「ええと火ってなんて定義すればいいんだ?酸化反応に伴うプラズマ?」

 

『もう少し改善された表現はありますが、概ね間違ってはいません』

 

「よかった。それを使って水を沸かしてお湯にするんだ」

 

『エネルギー効率は無視できる程度のものとみなされている?』

 

「電熱とか使えばかなり効率は良いんだろうが、ガスで沸かすとどうしてもコストは悪くなるな。それでもパイプ一本でかなりの熱量を運べるというのは重要だ」

 

俺の言葉に四辻さんは頷く。彼女が知っているエネルギーの輸送手段は高エネルギーの粒子をそのまま使うことだったらしいが、もちろんそれだと末端側では扱いにくいので適宜電気とかに変えていたらしい。文明が発達しても金属内の電子運動は汎用性の高いエネルギーらしいな。

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