超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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レント・シーキング 4

四辻さんと楽しいお出かけである。今日の行き先は赤城大学。ちょうど知り合いが出るシンポジウムがあったので彼女を紹介するついでに顔を出そうというわけだ。

 

「すなわち、音声分析に対して表情や身振りなどのマルチモーダルの情報を組み合わせる工程自体は人間が自然に行っているものであり……」

 

人がまばらなホールの壇上で話す研究者としては若い女性は水城(みずき)さん。俺は彼女の名字をマービン・ミンスキーとの繋がりで覚えている。今日のシンポジウムでやっている内容はかなり初等的なものだな。

 

「これって古瀬さんが使っていたものですか?」

 

小声で隣りに座る四辻さんが聞いてくる。

 

「ああ、BIFRONSに入っているやつ」

 

四辻さんがまだ名無しの少女だった頃、対話のために作ったシステムの一つはスライドを進めすぎて一つ戻している水城さんが作ったものだ。ちなみに彼女は俺ほどには人工知能に頼っていない。つまり本当の生身の天才ということである。

 

総務省外局、情報通信庁傘下の国立情報通信総合研究所に最近入った彼女は有名学会での発表も重ねる普通に有能な若手である。ちなみに彼女は自分の所属を旧称である逓信試験所と呼びたがる。戦前の名前だろそれと思ったが、半世紀前の合併で生まれた情報系と通信系の色々があれこれらしい。なお彼女が義理立てしているのは通信メインの派閥らしいが、やっていることは情報系である。

 

「……終わったら打ち上げとかあるんかね」

 

「打ち上げ?」

 

「関係者で飲みに行くんだよ。名刺はもらっただろ?」

 

「うん」

 

BIFRONSの作った礼儀作法解説ビデオにより、四辻さんはアカデミアマナー検定三級レベルの技能を身に着けている。具体的には話す相手の出した論文のアブストラクトを読んでおきましょうとか、メールで重要案件を送るのは失礼に当たるとか、ポスター発表を聞くときは最初の三十秒は黙っていましょうとか、時間オーバーした相手に対しては無限に卓上ベルを叩いていいとか、実験ノートの空白には変な絵を描いておきましょうとかそういうもの。

 

「まあ一通り知っている人だからたぶん大丈夫だろ」

 

俺は入口でもらったチラシを見る。水城さん以外にも実際に顔を合わせたことがある人が半分、それ以外も噂には聞いたことがあるぐらいだ。ちなみに今回のシンポジウムは科学技術の発展に人工知能がどう役立つかというもの。一応俺も参加できるぐらいのネタではあるが、人付き合いが悪いので呼んでもらえなかったんだろうな。かなしい。

 

そんなこんなで思ったより綺麗にまとめられていた話とかその後のトークセッションとか俺達はのんびりと見る。普通に娯楽として面白いんだよな。BIFRONSに情報を叩き込まれるのと違って無駄情報が多くて落ち着いてみていられる。

 

「それでは、質疑応答になります」

 

司会をしているのは学部生だろうか。アルバイト代出るといいな。そして四辻さんがすっと手を挙げていた。まあいいか、こういうところで失敗するのは若者の特権である。

 

「お話ありがとうございます。先工研の四辻です」

 

BIFRONSの丁寧な教えもあってきちんとした自己紹介である。名乗りは決闘において重要ですからね。なお彼女の若さと風貌に気がついている人はいないようだ。よかった。

 

「水城さんを中心にお尋ねしたいのですが、マルチモーダルな入力の分析の際に文化的差異をどのように吸収するのでしょうか?特定の文化のデータを中心的とした場合、文化的中立性を担保できるのでしょうか?」

 

おっと普通にやばい質問だ。遠目に見える水城さんは目を細めた笑顔でマイクを取っている。

 

「非常に良い質問ですね。研究倫理というものは常に問われるべきであり、それはたとえ人工知能を通しても同じです。人間と同じように人工知能もバイアスを持ちますが、それを自覚させることは人間と同じように難しいものです」

 

一部から笑いが出る。うん、これは本当に難しいんですよ。そもそもバイアスの発見についても名前のついているバイアス以外は見落とされやすいとかいうバイアスがありますからね。無限後退がいくらでもできるぞ。

 

とはいえここで水城さんはオーソドックスに学会の出している倫理規定とか読めばいいんじゃないですかねとか言ったうえでその倫理規定を作ったりしている重鎮の研究者に話を投げたりしていた。ちなみにこの教授は赤城大学の人工知能の第一人者です。本人はちょっと古いテーマを中心にやっているけれども研究室自体は変な手法やっている人多いし、古典的な手法でベンチマークを更新してきたりするので怖い人です。

 

まあそんな感じで他の人からも質問もあったりしてそれなりに盛り上がって終わった。良いことだ。こういうシンポジウムで一番悲しいのは誰からも質問が来ないことですからね。

 

というわけで解散の流れになる。前の方で鞄をがさごそしている水城さんに四辻さんを連れてご挨拶だ。

 

「どうも」

 

「どうも、古瀬さんと四辻さん。水城です」

 

そう言って彼女は四辻さんに名刺を渡す。

 

「俺の分は?」

 

一応俺も先工研の名刺を渡す。なお事務員である。

 

「前に渡したでしょ」

 

そう言って呆れられた。彼女は雑に後ろでまとめた髪をちょっと緑に染めている人だ。とはいえ四辻さんも地毛で濃いめの茶色だからな。

 

「……研究補助員?大学生?」

 

「高卒です」

 

一応は大認、大学入学認定試験レベルの試験をちゃんと解いているからな。受験はしていないが、ちゃんとすれば大学にも行けるだろう。わざわざ無駄な時間を最短でも三年間過ごすことにどれだけ意味があるかは謎だが。

 

「そこの古瀬さんとは?」

 

「家庭教師だったんです。その繋がりで」

 

「なるほどね、この後のご予定は?」

 

「俺はないぞ」

 

「私もありません」

 

「それじゃあ駅前になんか食べに行かない?ほら、あの教授がこの後研究室の学生と発表練習だっていうから……」

 

「ああ……」

 

大学教員にとっては忙しい時期である。師走がたぶん三ヶ月ぐらい続くんですよね。それと並行して入試をして、それが終わったら新入生対応である。かわいそう。

 

ちなみに四辻さんは目を輝かせていました。すごいものだな、こういう表情ができるのか。俺はそもそも目が死んでいるので輝けない。ハイライトとかなのだろうか。あるいは目の周りの筋肉の使い方なのだろうか。少なくとも、彼女はしばらくは人気者になるだろうな。

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