超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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レント・シーキング 5

あかぎ駅の駅前には色々な店がある。例えば水城さんが連れてきてくれたここのフランス料理店は、高級な場所というよりも原義のビストロに近い。つまり酒を飲みながら色々なものを食べていく楽しい場所だ。

 

「つまりだよ、現状の知性モデルの肉体性の欠如はかなり大きな問題で」

 

「しかしそれらは本質的なものでしょうか?」

 

という議論を水城さんと四辻さんがしているのを聞きながら俺はお手頃価格のワインを飲む。メニューをちらりと見るにそこそこリーズナブルだった。まあ正直給料を交通費に使ってもまだ余っているのでいいんですけれどもね。

 

「……なあ古瀬、この子本当に高卒か?」

 

「十八だよ、だから酒を飲ませるなよ」

 

「……ふうん」

 

そう言って彼女は俺の隣りに座る四辻さんの方を見ながらオレンジワインを飲んでいる。白ブドウを丸ごと使っている葡萄酒ですね。普通の白ワインでは皮を剥いています。

 

「……四辻さん。少し不躾な質問をしてもいい?」

 

「構いません。私も先程は変な質問をしてしまい」

 

「いいっていいって。シンポジウムはそういう場所なんだし。ところで日本語学校とか通っていた?」

 

「……どうしてそう思う」

 

俺はあえて横入りをするように、少しだけ身体を乗り出して言う。そのついでに生ハムとモッツァレラチーズを自分用の皿に取っておく。

 

「まず振る舞い方、かな。なんとなく違和感があった」

 

「なんとなく、ね……」

 

「発音が綺麗だったり、それなのにどこか話し方に癖があったりする。もちろん私だって言語化できるほどではないけれども、古瀬さんよりもどこか浮いている気がして」

 

「……高校時代が、通信だった」

 

「あーなるほど、そっちか。日本語以外の癖っぽいものがないから何なんだろうなと思ったらそういうことね。合成音声とか良く聞いていた?」

 

頷く四辻さん。うん、嘘ではない。彼女はこの種の嘘をつくのがかなり上手だ。恐れとかを消しているのかもしれない。俺はたぶん微妙に緊張しているので、頭の中でその理由を考えておく。ほら、彼女が不登校になって俺にちょっと依存していた時期があるからこうやってあまり表に出して当時の関係が発覚するのが怖いんですよ。教え子に手を出す家庭教師はクズなので腹を切るべきではないでしょうか?

 

「それにしても本当に詳しいね、古瀬さんよりうまくできるんじゃない?」

 

「経験の期間が違うから、追い越すにはまだ時間がかかる」

 

「俺は追い越される前提かよ」

 

溜息を吐くが、それは自動車と長距離走をして勝とうというようなものだ。彼女は須藤さんの計画において普通の研究員となることでカモフラージュされるようになっている。そうなれば、最低限でも俺と同程度の専門知識を持つ必要があるだろう。

 

「……古瀬さんより、話すのが上手だね」

 

「ありがとうございます」

 

彼女は小さく頭を下げる。普通の人はこう言われたら困惑するんじゃないかな。まあ俺も水城さんもスペクトラムの端っこの方にいるから大きな問題はないが。というかアカデミアにはこんなやつばっかりなんだよな、怖い。

 

「とはいえ高校を卒業しただけだと、就職とか大変じゃない?先工研の雇用体系とか良く知らないけど……」

 

「有期ってなっていますけれど、たぶん大丈夫です」

 

「まあ、十代ならそのぐらい気楽な方がいいか。結構なんとかなるから安心して」

 

「嫌な先達だな」

 

ちなみに彼女は年齢としてはたぶん俺の一つ上だと思う。確か修士を一年間スキップしているんだよな。大学が学部と修士が事実上セットになっているようなところで、六年間のコースを五年間で卒業した形になる。つまり四辻さんより一回り年上だ。

 

「ありがとうございます。どこまで参考にできるかはわかりませんが」

 

「お酒のんだお姉さんの言う事を真に受けちゃだめだよ、お嬢さん」

 

「おっ本性が出てきた」

 

「本性とはなんだい本性とは。私の心はずっと元気な少女なのだよ」

 

「アラサーって概念はご存知?」

 

「今どきはモラトリアムが長めに許されるからね、サバティカルとかも活用していい感じにやっていこう」

 

「色々気をつけろよ」

 

そう言いながら、俺は彼女が壊れる世界を作ろうとしているのだと考えてしまう。人工知能はおそらく今後かなり重要になるだろう。人間が理解できない理論が世界に広がるための導火線にはもう火がついている。

 

「……仲がいいんですね、二人は」

 

「そう?研究者同士なら結構初対面でもこのぐらい話せるよ」

 

「波長が合う相手ならな」

 

この点について俺と水城さんの意見は一致してくれた。いやね、たしかに俺は話していて楽しい人間が嫌いじゃないが誰彼構わずというわけではない。それにそういう可能性を考えてしまうのってどうせ実現しないなら無駄じゃないですか。

 

あと水城さんの左手の薬指にはシンプルな金色のリングがある。いわゆる魔除けの類なのか、それともいい人がいるのかは知らないし、尋ねるつもりもない。ただ、俺の前でそれをつけているということはそういう意思表示だと安全側に読んでおくべきだろう。

 

「……私も、そういう風に話せる相手が欲しいです」

 

「まあ、高校卒業してすぐでこのぐらいの知識だとそういう話題で話せる人いなかったでしょ?」

 

「化け物揃いの高校ならいたかもしれないがな、水城さんの高校は?」

 

「科学学級の系譜だよ」

 

「戦前のあれか」

 

彼女は頷く。俺もそこまで詳しい訳ではないが、第二次世界大戦中に全国から英才を集めて特別教育をさせるというものがあった。それは戦後の教育改革で平等やら何やらが言われてなくなったが、その発想自体は残っている。一部の学校に科学技術に特化した教育ができる環境を作るというプロジェクトはそれなりに長く行われている。彼女が卒業したのも、そういうところの一つなのだろう。

 

「ただ、今考えると十代でできるのって所詮は十代でできることなんだよね、ちょっとアイデアが良ければ論文ぐらいは書けるし、プレプリントサーバーに投稿する事自体は簡単なんだけれども、それを続けるってことのほうがよっぽど重要だと今になっては思う」

 

「……分野を転々としている俺の耳には、痛い言葉だな」

 

水城さんは元から人工知能一筋の人だ。もちろん人工知能の中でも色々とやってはいるのだけれどもね。

 

「でも、逆に言えば十代の頃なんてころころと分野を変えていいんだよ。だから四辻さんは適当に好きなことに手を出して、いっぱい失敗してみようか」

 

「失敗を前提にはしないけれども、挑戦は続けていく」

 

それを聞いて、水城さんは満足そうに頷いた。

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