超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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レント・シーキング 7

目を覚ました。身体がソファーの上であまり良くない姿勢になっている。

 

「……なあBIFRONS、今は何時だ?」

 

『午前10時47分です』

 

相当に高レベルの人工知能に対する無駄遣いをしながら、そういえばBIFRONSが動いているサーバーって外部から切り離されていたけど時計の同期がどうなっていたかなとか余計なことを考えてしまう。

 

「……俺は昨日、変なことしていないよな?」

 

『酩酊した状態でそのソファーに寝て、今まで寝ていました』

 

「それはよかった、水を飲んでくる」

 

そう言って俺は給湯室みたいな小さなキッチンスペースに入って、マグカップに水道水を入れる。他の部屋では実験器具を洗ったりするのにも使われる、普通の塩素消毒された水だ。仕上げに純水でゆすぐのを忘れないように。

 

「おはよう」

 

入口のところから声がかけられた。

 

「おはよう四辻さん、調子は?」

 

「昨日の話が面白かったから人工知能を自作してみている」

 

「後で見せてもらえるか?」

 

「古瀬さんがわかるかどうか、正直怪しい」

 

「わからないことぐらいはまだわかるはずだ」

 

そう言いながら、俺はついでに顔も洗う。水資源が豊富なのはいいことだ。

 

「……それも、怪しい」

 

「その水準のものを、作れるのか」

 

「いくつかの知識を時間をかけて展開した。ほとんどは無駄だったけれども、アルゴリズムの中には有用なものもある」

 

「そもそもアーキテクチャが違うシステムに乗っけられるものなのか?」

 

「使ったのは情報科学ではなく熱力学」

 

「……なるほど?」

 

頭の中でそのあたりの理論を思い出そうとする。一応エンジンのシミュレーションとかやっていたから最低限の知識はあるはずなんだが、数学的な綺麗さとかよりも実際に計算して結果が出る数表とかモデルとかの方に興味があったからな。熱源二つの温度からカルノーサイクルの熱効率上限が導出できたところで、大抵はそれを下回る効率しか出すことができないのだ。

 

『創発性の理論の一種を流用したものです。熱力学と言ってもある種の障壁を超えて解を探索する際のアルゴリズムの改良に過ぎません』

 

「ああ、文字通りの焼きなまし法だと考えればいいか?」

 

『その通りです。あくまで理論的裏付けを与えただけであって、ある程度は経験的に知られている手法の延長線上ですがパラメーター調整が効率的になりました』

 

「やっぱり異分野の知識って役立つんだよな……」

 

というか俺がずっとそれをやってきたよな、ということを痛む頭とともに考える。あまりアルコールに強いとは思っていなかったが、昨日は楽しみすぎただろうか。

 

空腹。今の時間だと食堂が開くまで後もうちょっとだが、その前に少しだけ何かをお腹に入れておきたくもある。冷蔵庫の中になにかないかな、と漁るがいいものはない。冷凍のお弁当はあるんですがこれを丸ごと食べるのはちょっとね。

 

「……仕方ない、しばらくひもじい思いをするか」

 

俺は部屋に戻る。部屋と言っても二つのデスクがある空間で、俺と四辻さんが作業するための場所だ。四辻さんは色々と机と本棚の位置とかのレイアウトを変えようと試みている。どうやら動作研究とかの方向で色々と効率を目指しているらしい。趣味でいいのかなこれ。

 

「ああいう集まりに、古瀬さんはどのくらいの頻度で出るの?」

 

「ええと、月に一回あるかないかぐらいだな。発表側に回るのは半年に一回程度だ」

 

「それは、多いの?」

 

「分野と人によりけりだな、一概には言えない」

 

複数の分野にいると、色々とその分野の常識というものがわかってくる。そしてそれは大抵はローカルな因習と偏見だったりするのだ。

 

「……そういう場所でしか共有されない情報は、かなり多いんだろうね」

 

「研究者コミュニティを構築するのは社会的動物に過ぎない人間だからな。俺達はそういうのを相手にうまく動いてくれないかお願いする立場だ」

 

別に俺達は世界を自由に操れるわけではないはずだ。もちろん、須藤さんはその手の案件においておそらく日本有数の腕前があるのだろう。元々彼の仕事自体が最小限の人員で複数の分野を連携させるというものだ。

 

だが、有能であるからと言って結果を出せるとは限らない。常温核融合の分野にはそれなりに有用な人物がいるらしいが、それでもちゃんとそれが起こっているという証拠については正直怪しいものばかりだ。

 

ただ、それでも様々な分野に薄く広く研究者はいる。例えばいきなり数学の特殊な理論が現れて物理学の見通しが立って核融合反応の面倒な部分を高速で処理できるアルゴリズムができるかもしれないのだ。というかできそうである。

 

とはいえ具体的な技術的ボトルネックが判明したところで国際核融合総合技術施設(International Fusion Technology Facility)、あるいはIFTF(いふてふ)にそれらが反映されるのには十年とか二十年とかかかりそうだ。これだと直接重力特異点発電の方にルートを進めたほうが速いまでありそうなのが嫌である。

 

「一定以上の複雑系は操作が事実上不可能、という話は知っている?」

 

「あー、倒立振子の制御とかでやったな」

 

力学上は可能であっても、制御上はできないというものがある。例えば硬い棒を指の上で立てるようにするのは、慣れれば可能だ。あるいは小学校で掃除の時に使っていた箒でもいい。

 

けれども、これに一つヒンジをつけて多重振り子みたいにすると一気に難しくなる。理論上は完璧に制御すれば紐を立たせた状態にもできるのだが、そのために必要な計算と制御が現実には不可能なものになってしまう。

 

それぐらいであれば、理論上は運動方程式を人力で書き下ろすことはできるし、かなり正確なシミュレーションだってできる。もちろん初期状態の定義と計測のほうが難しいから、いくら完璧な計算をしたところで現実と比較することに意味はなくなってくるのですが。

 

「人間は、どれだけの複雑系だと思う?」

 

「相当」

 

「その集合は?」

 

「……ほら、いい感じに統計力学みたいなアプローチでどうにかならないかな」

 

人間は個人としてみると多様だけど、適当にラベルを貼って分類すれば案外そうでもないのだ。とはいえ、これはどうしても限界があるし、俺も個人的には世界からラベルを貼られた手段としてではなく個人として扱って欲しい。ただ、そういう個人的な事情を無視した包括的なシステムに助けられることも少なくないというのが難しいところだ。

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