超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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レント・シーキング 9

「これで、どうだろう」

 

四辻さんはそう言って分析システムを走らせる。基本的なモデル自体はBIFRONSと同じ(lobe)構造だが、彼女が組み込んだいくつかのアルゴリズムが動いている。

 

まあ、そんな簡単な思いつきがすぐに成功するとは思いませんがね。ちなみにやらせているタスクは公開されている各種の議事録やら政府文書から特定の動きが見いだせないかというものだ。もちろん似たようなことはOSINTとしてやられているはずだが、俺達はその答えを知っている。

 

「回してみるか」

 

須藤さんは既にいくつかの知っていればわかる準備を終えていた。重力特異点を作るために必要な技術と、その過程で得られる人類にとってちょっと便利な諸々を活用するための網みたいなものがそこにはある。もちろん、それは日本だけで終わるものではないだろう。

 

ただ、それはある種の身構えみたいなものだ。衝撃が来るとわかっていれば、それに耐える姿勢を用意することはできる。ただ、それでも俺達がもたらそうとする混乱は大きなものだろう。

 

そして、俺達は混乱から色々な利益を得ることができる。トランジスタができる前にインターネットの存在を知っておくようなものだ。とはいえそういう状況だと何を買えばいいかわからないんだよな。下手するとハイテクバブルみたいなものを高値で掴まされることになる。

 

必要な金額は一兆ドル、というのが最初の四辻さんの見立てだった。それはノートパソコンの中のBIFRONSとまだ世界を曖昧にしか理解していなかった四辻さんの計算によってえられたものだが、定期的に再計算してもオーダーとしては悪くない見積もりだったという結論が出てくる。

 

「……時間がかかる」

 

「そりゃそうだ。最近は映像で記録されることも多くなってきているからな」

 

「無駄が多いのでは?」

 

「そりゃたしかに議事録を見れば書いてあることかもしれないが、そもそも議事録が編集されていないって証明になるんだよ」

 

「……そうか、重要なのはそこで何が話されたか以上に、何が話されたということになったか、なんだ」

 

『素晴らしい着眼点です。本システムはその段階に到達するまでに三年必要としました』

 

「誤解を招くような発言をやめろ。適切な内省システムがなかったんだよ」

 

「内省?」

 

四辻さんが尋ねてくる。

 

「信念と思考と行動を切り分けるって言えばいいか?例えば人間は衝動的に怒りを覚えてそのために攻撃的になることがある。そして後からそんなつもりじゃなかったなんて言うんだ」

 

「行動以外に思考や信念を読み取る方法がない以上、その発言は単なる欺瞞では?」

 

「もちろんそういう考え方もあるが、人間っていうのは都合の良いものだけ見たいんだよ。例えば自分の憧れている人が取った愚かに見える行動をその人の内面だと捉えるより、一種の例外だと思い込んだほうが楽だ」

 

「……なんとも効率的な存在だね、人間って」

 

「というより四辻さんもそういうところがないのか?ヒトならある程度あってもおかしくないものだが」

 

「ある程度は存在するけれども、これが中和する」

 

そう言って彼女は長くなっていた髪の下に手を入れて後頭部を撫でる。参考までに彼女は今まで床屋に行っていません。髪の手入れが彼女の趣味の一つになったせいで俺もシャンプーとかコンディショナーとかにほんの少しだけ詳しくなりました。

 

「……便利なものつけているよな」

 

「古瀬さんもつけると人生が楽しくなくなるよ」

 

「そこは楽しくなるよ、だろ」

 

「常に正の方向に偏るように調整すると、すぐに麻痺することになるよ」

 

「わかってはいるけどさ」

 

違法薬物の少なくないものは快楽中枢に直接影響を与える。つまり本来は特定の行動と紐づいて報酬系を動かすためのシステムを直接乗っ取ってしまうのだ。人工知能の分野では報酬ハッキングと呼ばれる問題である。そしてこれを外部から無理に中和しようとすると大抵色々と歪むのだ。

 

だが、四辻さんがつけているブレイン・マシン・インターフェイスはおそらくもっとうまくできている。アンガーマネジメントのようなものだろう。彼女の精神が怒りの方に進んだら落ち着きや諦めに近い感情を誘発するような情報を送り込む。まあ、このあたりは正直俺も理解していない。

 

そもそもこの装置の計算システムは有機ベースのもので、内部には血管まである。彼女が説明するには専用の生体適合性の高い高分子を使っているようで、その基本骨格は既に知られているし、あと数年後には公式に発見されるだろう。このあたりの装飾はやろうと思えば今すぐにでも手が届く範囲にある。

 

脳に潜り込ませるように多くのワイヤーを伸ばすのも、基本原理は理解できた。まだ可塑性の高い子供のうちに軽い手術で機械をくっつけて、その後数年をかけて徐々にパッシブからアクティブに切り替えていく。一般的には機械に思考が支配されているという恐怖に繋がるのかもしれないが、少なくとも俺や四辻さんにとってはそういう恐怖はあまりピンとこないものだ。

 

「あ、結果が出た」

 

四辻さんがそう言って画面を見せてくる。表示されるのは人間のネットワークと、組織の分析データ。オンラインの情報だけでここまで出るというのはなかなかのものだと思う。古い時代には人間が新聞を鋏で切って整理して似たようなことをやっていたというが、速度と精度においては明らかにこちらのほうが上だ。

 

「……キーパーソンがいるな。たぶん須藤さんが直接か、あるいは一人ぐらい誰かを挟んで接触している」

 

「年齢層はかなり高めで、分野は……須藤さんの専門に近い、のかな」

 

「大学とかの重鎮で、政治とかにも一噛みしているつもりの老人たちだ。須藤さんにとっては操りやすいんだろうよ」

 

「言い方が良くないと思う。私は別に須藤さんがその種の操作を一方的にできるほど優れているとは思わない」

 

「……そうだな。人間はこういうバイアスを抱きがちだ」

 

「それが有用なことを理解しているから、あくまで指摘に留めるけれども実効において影響が出たら適切な手段で静止する」

 

「適切ってどこまでだろうな……」

 

彼女の肉体はそれなりに鍛えられている。腕相撲ではたぶん俺は負ける。純粋に肉体を動かしていない期間が長過ぎる俺と、ちゃんと日々反射神経とかのトレーニングを意図的にしかつてより低下していることを客観的に把握している彼女では、俺の勝ち目はないのだ。

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