超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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スリーウェイ・ハンドシェイク 6

インフォーマントは寝ているようだ。次の対話は食事のときにするということになったので、俺達は時間を潰すのも兼ねて病院内の食堂に来ている。時間が昼過ぎというのもあって、人がほとんどいないタイミングだった。

 

「名前を教えて下さいよ」

 

俺は相手を見て言う。

 

「……須藤だ」

 

「偽名ですか?」

 

「本名だよ、よくある名字だろう?」

 

「須藤さん、ですね」

 

俺はそう呟きながら、頭の中で彼を構成する要素とイメージを結びつけていく。su-do。特別な権限を持っていそうな人にはふさわしい名前だ。ノミネーティブ・デターミニズム、和訳するなら主格決定論とか姓名決定論とでもなるべき概念だ。

 

俺は人の顔と名前をなかなか一致させることができない。だから、こういう時には多少の無茶をしてでも相手について叩き込む。歩き方。目を動かす癖。顔の特徴。話し方。あるいはあまり頻繁に変わらないアイテムとか。そういったものと結びつけないと、誰が誰だかわからなくなるのだ。

 

「……それでだ、古瀬さん」

 

「古瀬でいいですよ。宮部先生からはそう呼ばれていますし、歳上の人物にはそう呼んでもらったほうが楽です」

 

「……そうか、なら古瀬。君は彼女のことをどう考える?」

 

「予断は避けるべきだと思います。そして俺はあくまで言語学者として呼ばれたわけであって、彼女が日本語の基礎を学んだら、後は忘れてまた博士論文の清書に取り掛かりますよ」

 

「……君以外の人物が、彼女の学習を制御できると思うかね?」

 

「知る自由と権利は日本国憲法で保証されていませんでしたっけ」

 

「そうだな、あくまで原則だが」

 

俺は須藤さんの言葉に頷く。確かに彼女は驚異に見えるだろう。とはいえ具体的にどのような問題が起こるかと言われれば正直怪しい。彼女は予言者ではないし、与えられた情報からしか推察することはできない。人間の延長線上にあるものだ。

 

「須藤さんは彼女が退院した後のことについて考えていますか?」

 

「……適切な住環境を用意して、そこで社会に溶け込んでもらうしかないだろう」

 

「戸籍とかについては作れますか?それと、日常生活を彼女が学べるような体制が必要です」

 

「それぐらいは何とかなるが……」

 

「わかりました。それと、彼女は他国のスパイではないと思いますよ。あれを演技でできる人間が、未知の言語を話すという可能性はほぼありません。熱心な人工言語作家で、頭を打った時に言語野に問題が起きて真性異言のような状態になったとかなら話は別ですが」

 

「……いきなり知らないはずの言語を話し出すことなんてことが、あるのか」

 

須藤さんは手元のタブレットに視線を落として言う。俺のBIFRONSと似たようなものが入っているのだろう。国家機関はそういうものの導入には消極的と聞いていたのだが、彼の部署は違うのだろうか。

 

「正直なところ、存在は疑わしいですがね。それでも彼女は日本語を初めて学んだようだった。そんな人をわざわざ使いますかね?」

 

俺が師事しているというか雑用を押しつけられているというかともかく世話になっていることは間違いない宮部先生は、小笠原語の専門家だ。今やほぼ消えた言語であり、かつて日本とアメリカの間の面倒な事情によって生まれたクレオール言語である。

 

大抵の言語学者はフィールドワークを現地で行うし、その過程で外国政府との接触がある。そういった人物がスパイになるのは昔からある話だ。なら日本国内の言語を対象としていればいいかというとそういう話ではない。琉球語とアイヌ語の研究は思いっきり仮想敵国との外交と政治の案件であるのだ。

 

そう考えると、宮部先生は事実上の外国語を扱っていながら第三国との繋がりが少ない人間と言える。もちろん現地での調査はあるし、その過程でアメリカの研究機関との繋がりもあるが、そこまで多いわけではない。それにアメリカは混乱する今の国際情勢においても、一応は友好国であり同盟国である。

 

「……あらゆる事を考えねばならないのが私の仕事だ」

 

「……特殊なガジェットを国内で生産できるようにしておくため、とかですか?」

 

彼はタブレットを撫でていた指を止め、こちらを見た。視線を合わせるのはあまり好きではないのだが、サングラスの裏の表示に従って俺は見返す。

 

「なぜそう思う?」

 

「化学工学の専門家が、こんな案件にかかわらないといけないとしたらそれぐらいしかないでしょう」

 

我が国は大量破壊兵器を国内に保有せず、国内で製造せず、国内に持ち込むこともないという姿勢を取り続けていた。しかし、その言葉が意味を持つのは国内で保有でき、国内で製造でき、国内に持ち込ませることができる場合のみだ。そのためにはそれなりの準備が必要だし、人を一人匿うぐらいの事はできるはずだ、と。

 

というような推理を先程BIFRONSがしていたんです。今は離れているせいで通信が切れているし、案件が案件なのであの部屋に入ったときからずっとオフラインのままだけれども。

 

もちろん当たっているという保証はどこにもありません。むしろどこかずれている可能性のほうが高いでしょう。ただ、これは外れて上等という類のものだ。あのインフォーマントの女性と同じである。

 

「……ノーコメント、というやつだ」

 

「わかりました」

 

方向性は間違っていない、と。助かるな。これで俺は俺のやるべきことだけに集中すればいい。

 

「こちらとしては、彼女がどこから来て、彼女が何者で、彼女が何をしようとしているのかを知りたい」

 

「ゴーギャンですか」

 

「情報収集の基礎だ。そしてそのためなら、公知の情報は渡してしまって構わん」

 

「公知であっても、組み合わせによって十分読み取れるものはあるのでは?」

 

一部の人工知能が最近力を入れている分野だ。非公開情報を探るよりも、人間よりも広い視野と深い分析によって今まで見ることのできなかったものを把握できる、という発想。

 

「そうだとしても、我々は彼女からまだ何も読み取れていない。向こうが我々を学ぼうと言うなら、その過程で何を知っていて、何を知らないのかはおのずと分かるだろう?」

 

「そうだといいですが」

 

俺はそう言いながら息を吐く。大抵インタビューとかで準備した事前の計画というのは崩壊して、後半はアドリブの連続になるのだ。

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