超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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レント・シーキング 10

四辻さんが作ったシステムはかなりうまく機能していた。そしてそのメカニズムは、俺が半日BIFRONSと格闘してようやく把握できた程度の易しさだった。

 

「……天才的だろ!」

 

思わずそう言ってしまいたくなるほどにエレガントだった。写像の不動点を持たない条件が同時に収束しない条件であれば、そこを避けるようにパラメーターを弄くるための熱力学における「温度」に相当する要素を調整すればいい。いや、感覚では理解できたつもりになっているがきちんと定式化できるかと言うと難しいな。実際のコードはいくつかの数学ライブラリを使ったものをBIFRONSが最適化させたものを使っているので、これだけを見て逆算するのはほぼ不可能だと思う。

 

とはいえ、世界にはそういった逆算不可能な物自体はいくらでもある。そこに多少誤っているかもしれないがそれなりに筋が通る発見までの流れと実際のベンチマークを置いておけば、それなりに信じられるだろう。問題はここで安易に俺が発表すると変な繋がりが見つかりかねないということだ。

 

「私にとっては基礎的なものだった」

 

「基礎的なのはわかるがな、基礎的であることと奥深いことは得てして同じなんだよ。そして人類は後から気がついてしまえば単純なことに長い間頭を悩ませてきた」

 

人間は十代で数学のまるまる一分野の基盤を築くこともできるし、それまでの物理学に古典の名を冠させるほどの理論を二十代半ばで作ることもできる。えっエヴァリスト・ガロアとアルベルト・アインシュタインを人間扱いするな?そうすると四辻さんが人外になるのでやめておきたいんですよ。

 

「……楽しかった?」

 

「何がだ?」

 

「この理論を理解することが」

 

「……まあ、楽しくはあった。四辻さんもそういう楽しみはわかるのか?」

 

「知らないことを知ることは、人間の脳に馴染んだものだから」

 

「そうでない人もいるらしい、というのは把握しているか?」

 

「把握しているけれども、私たちはそれを矯正されているから」

 

「ブレイン・マシン・インターフェイスはそれができるからな……」

 

薬物中毒者を作ることができるなら、もっと洗練させた方法で報酬系を調整することはできるだろう。そして人間はそうやって操作するといいパフォーマンスを出してくれる。人類の教育システムはまだ未発達なので完全な洗脳を可能にしているわけではないが、もし最初から遺伝子とかをいじくって、幼少期から脳神経に介入できるならそれはたぶんできるのだ。

 

もちろん。それは俺達の社会においては倫理とかそういうものに引っかかる。ただ、義務教育とかでやっていることは実質的に洗脳な気がするんですよね。社会に統合されるように、そこで価値を生み出せるように、そしてそういった人口を再生産できるように。俺はそう言ったものを刷り込まれているせいで、人間の善性とかを信じている。これは根拠のない信仰に近いものだ。

 

「私からすれば、趣味をわざわざ自分で見つけるということ自体が一つの価値体系になっているというのは面白い」

 

「自慢できる趣味っていうのはあるからな、俺にはないが」

 

「人工知能の設計と知識の習得は十分良い趣味だと思うよ」

 

「……そうか」

 

良い趣味だと言われるのはこれはこれでちょっと変な気分だな。さて、雑談にかまけてしまっているのを置いて現実を見よう。俺と四辻さんが見るディスプレイには、複雑な人間と組織の関係が整理されていた。

 

「BIFRONSと四辻さんは、これをちゃんと理解しているんだろう?」

 

『本システムが高次元空間を直感的に理解できているかについては疑問が残ります。人間の作成したデータの多くは二次元あるいは三次元の空間を前提に設計されており、高次元特有の幾何学的現象を説明できません』

 

「そんなものがあるのか」

 

『二次元では結び目を作ることができませんが、三次元ではできる、と言えばいいですか?』

 

「理解できた。四次元とかそれ以上でしか作れない結び目みたいなものがあるんだな」

 

『はい。もちろんそれは結び目より複雑な概念であったり、一部にはまだ単なる分類コード以上のものが付与されていないものもありますが』

 

「……じゃあ、これは俺に見せるためだけに作られているのか」

 

よくある主成分分析みたいなものだ。つまり目立つ要素を軸に取って、高次元空間上の構造を二次元とか三次元とかに投影する。それに色と動きと繋がりとかを付与することで、人間の脳で処理できる範囲にできるだけ多くのデータを詰め込んだ、それでも限界がある手法だ。

 

「でも元の構造を理解していても、こうやって視覚的に見ることで改めて理解できることもあるから私のためでもある」

 

そう言いながら彼女はカメラの前で手を動かすと、それに合わせて画面上の図形が動く。超音波と映像の組み合わせた分析、それに先読みを組み合わせてそれなりに違和感がないレベルで同調できる技術だが慣れてしまうと微妙な数フレームの遅れが気になってしまうものだ。

 

『このレベルの分析ができるのであれば、いくつかの特徴的な結節点にいる人物を把握することができます。おそらく須藤さんはもともと持っていたネットワークを今回の計画のために流用したのでしょう』

 

科学技術情報事業団、日本宇宙航空開発事業団、新動力科学技術研究開発事業団、高エネルギー科学研究中心(センター)、地球環境技術研究開発中心(センター)、それにここ、先端工業科技研究所。大学ではなく研究機関に偏っていることからすれば、アカデミアからずれた実用化方面に力を入れていることはある程度はっきりしている。

 

そしてそのどれもが、日本を代表する機関だ。予算配分と巨大プロジェクト、あるいは宇宙開発や原子力、高エネルギー物理学と環境問題、そして産業への実装。基礎研究を抜いているのはどこまで意図的なのだろうか。もちろんこれらの機関はそれなりに基礎研究もやっているけどさ。

 

「……大学ではなく、国家機関に科学技術発展の主導権を握らせようとしている?」

 

『少し穿ちすぎ、だと考えます。須藤さんにとってはそうなればいい、ぐらいの副次的目標であると考えるべきであり、むしろ彼の影響力の限界が示されていると言ってもいいでしょう』

 

「あと大学の方は勝手にテーマを決めるからな、誘導がしにくい」

 

俺はそう言いながら、それでも大勢いる繋がった大学の研究者を見る。彼らの多くはこの計画の全貌を知らないまま、人生の少なくない割合をこの少女が伝えた計画のために使うのだろう。それは一般的に考えれば明らかに不正で、人間を人間扱いしていない所業のはずだ。

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