超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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マックスフロー・ミニカット
マックスフロー・ミニカット 1


俺は珍しく上機嫌だった。いつも塞ぎ込みがちとまでは思わないが、ここまで調子がいいのは珍しい。

 

『躁状態ですね』

 

「よくないね」

 

俺を見てBIFRONSと四辻さんが好き勝手言っている。言ってろ。俺は結構難しいことをやってのけたんだぞ。

 

我々の業界ではInformation Linguistics誌はそれなりに有名である。インパクトファクターも高い。まあこれについては今主流の言語分析モデルの一つがここで最初に発表されたからその引用数が統計を狂わせているという要素がかなりあるけれども。

 

そこから掲載(アクセプト)の連絡が来た。つまりこれで卒業要件を一通り満たした事になる。外はもう花粉の時期も終わって春になっていて、つまりはこれからはかなり時間的に余裕を持ったスケジュールで最後の学年度を過ごせるということだ。就活も終わっているし。

 

「そろそろ止めたほうがいいかな」

 

『放っておくのもまた大切なことです。人間は過度の干渉を嫌うことがあります』

 

「それでも終わった後でなんで止めてくれなかったのって言わない?」

 

『そういうものです』

 

「そういうものか……」

 

四辻さんとBIFRONSは結構仲良しである。具体的には俺みたいな非合理な存在を冷徹に見る同業者として。とはいえ四辻さんは知識の欠落がまだなんだかんだいってあるし、BIFRONSは普通に適当なことを言うからな。それでも総合点では俺より遥かに上である。

 

「二人とも、これがどれだけ難しいことなのかわかっているのかい?」

 

「私でも添削できるような論文だった」

 

『オンライン版の本システムの特徴的な分析パターンが見られます』

 

「はい……」

 

冷水を頭からぶっかけられたようになってちょっと落ち着いた。いや、でも博士課程の学生でこの雑誌に掲載されるのって稀とまでは言いませんが普通に難易度高いんですよ?ジャンルが狭いせいで魑魅魍魎どもしか集まってこないから査読者(レフェリー)が厳しいだけかもしれない。

 

ただ、書き終わったあとで考えるとこのレベルの論文なら集中すれば一ヶ月に一本は仕上げることができそうだ。まともなアカデミアにおいて一ヶ月集中して一つの論文を書くことのできる時間的余裕はほぼ間違いなく存在しないと思うが、そういうことではなくて。

 

まあ、別に人工知能とかに頼らなくても普通に分量書いている人はいるからな。なんで論文誌で連載ができるんだよ。雑誌ってそういうものじゃないぞ。分量としてはちゃんとあるし一つ一つが独立しているから水増しでもないというのは同業者としてしっかりと認めるところであります。

 

『とはいえ、これで計画を進められますね』

 

「そうだな、というわけで仕事をしていくぞ」

 

そう言って俺は画面を見る。今の時点で須藤さんが用意したであろう計画を、できるだけ自然に追いかけられるような立場になることが俺達の目標だ。最低限の方向性については共有してはいるが、あとは勝手にやれということになっている。

 

「須藤さんはどうしても全体像を見る必要があるから、個別の案件を見ることができないんだよね」

 

改めて確認するように四辻さんがわざわざ言ってくれる。そう、こういう連絡って人間みたいな低レベルの知性ユニットを使っていると不可欠なんですよね。まあ人工知能だって基礎設定にいくら書き込んでも平気でそれを無視してくることがあるからどうしようもないのですが。

 

「なので俺達が実働するわけだ。重力特異点がゴールだが、基本的には人工知能の分野横断的活用のほうに主軸を置く」

 

とはいえやることは簡単だ。片っ端から学会に出て名刺を交換する。そうすれば、向こうが俺達のことを勝手に勘違いしてくれるだろう。もし調べられてもこっちには重厚なカバーがあるのだ。

 

アセット42。それは日本政府が作り出した危険な人工知能であり、中規模なシンクタンクに相当するシステムであり、そして偶然から物理学におけるちょっと重要な発見をしてしまったシステム、ということになっている。荒唐無稽に思えるかもしれないが、四辻さんに比べればマシだろう。

 

そして俺と四辻さんは、その対応のために須藤さんに呼ばれた。だからこそこんな地下室にこもりきりで対応しているのだ。ということになっている。最近はこのカバーストーリーを繰り返しすぎて現実を思い出せなくなっている。彼女も自分の言葉を使うことがめっきりなくなってしまった。言語学者としては彼女の言葉で挨拶の一つや二つ覚えておくべきだったかな、などとも少しは考える。

 

「人間関係の構築は、正直慣れていない」

 

「だから慣れるんだよ。俺もこういう仕事になるとは思っていなかったがな」

 

確かに研究特化でやるよりは研究っぽいものも含めた色々やるようなやつになるとは思っていたが、足で稼ぐ人になるとは思わなかった。経費はちゃんと出るのでいいのだが、その予算って一体どこから流れているのかはかなり気になる。どうやら先工研でそういう調査プロジェクトを科技省と経産省から受けて、俺達はその担当者たちの補佐という事になるらしい。

 

とはいえ、それはあくまで予算と組織図上の話だ。実質的には俺達は須藤さんの駒であり、ある程度自律的に動くことを期待される猟犬でもある。もはや須藤さんにとって四十二という別の宇宙からやって来た存在の価値はかなり落ちているから、前線に出してもいいのだ。

 

「……頑張る」

 

「四辻さんらしくないな、そういう気合を入れるような概念をあまり使わないと思っていたが」

 

「意識の切り替えや目的を言葉にすることによる再認識についてはこちらにもあった。それをそちらの言葉に翻訳しているだけ」

 

「そういうものかね」

 

「そういうもの。それと移動と交流は興味深いものだし、私に埋め込まれた感情がちゃんとそれに対して好奇心を持っている」

 

「……なんでそれが埋め込まれているんだ?」

 

感情の方向性を調整することはブレイン・マシン・インターフェイスがあればそう難しいことではないだろうが、わざわざそうする理由はあまり直感的ではない気がする。

 

「修理の時に外の集団と交流したり、破損箇所まで移動する必要がある。その時に環境の変化に伴う心理的負荷を相殺するための対策」

 

「ああ、構造体らしいやつだった……」

 

彼女の故郷は実に合理的だ。俺達が制御に苦労する人間というものを、こう上手く使われると劣等感が湧いてきてしまうな。少しは良い世界を作れるようにしていこう。

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