超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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マックスフロー・ミニカット 2

日本理論物理学会春季大会は大盛況である。今年の会場は新潟県の上越大学。新制国立大学であり、正直俺も名前を聞いたことがなかった。

 

そしてその大学の理工系のエリアを丸ごと使ったような学会が開かれる中であれば、俺や四辻さんは別に埋もれるわけだ。素粒子に核物理、統計力学に計算物理。一応、材料系で知っている名前も出ているはずだがわざわざ会いに行くほどでもないだろうな。この人数なら偶然見つけられることもないだろう。

 

「気になるものは?」

 

「俺は人工知能系いくつか寄っておきたいが、四辻さん優先だな」

 

「構わないよ」

 

「まあ今回は顔の売り込みだからな、適当に気になるものを中心に見ていこうぜ」

 

大学の多くの教室がそのまま学会に使われるのだ。つまり、同時にすべてを見ることは不可能である。それに専門的過ぎる分野は基本的にその分野の知識を持っている人向けですからね。

 

というわけで気分で入ったところは物性物理学。英語圏だと凝縮系物理学と呼ばれるあたりですね。やっている内容は最近流行の機械学習第一原理計算だった。昔から量子力学的効果をニューラルネットワークとかで近似すればいいみたいな議論はありましたが、ならそれを活用して初期状態を決めて本来ならコストの高い第一原理計算をしっかりやったらいいんじゃないのかみたいなやつです。

 

非調和性の振動を持つ異方性ギャップを計算する初期状態を決める時に機械学習がかなりいい仕事をしてくれるらしい。これのおかげで収束計算が一桁早くなるぐらいのことができるそうだ。うーんどうなんだろうな、勝手な勘だが過学習の匂いが少しする。

 

四辻さんはノートを広げてメモをとっている。彼女は手先が器用で、日本語の複雑な文字体系だってもう書けるようになっていた。俺より上手である。そういう教材を参考に文字を覚えてたと言っていたが、覚えたからと言って書けるわけではないのだよ、普通は。

 

というわけで質問タイム。発表者の男性と同じぐらいの学年の人が問いかけて、その次が四辻さん。そして彼女の質問内容は正直俺にもわからなかった。

 

「えっと……それについては群論的なアプローチを取っています。結晶まわりの対称性を考えて入力ノードを決定していて」

 

「ありがとうございます」

 

四辻さんは笑顔でそう言ってマイクを手伝いをしているたぶん学生さんに返す。俺はこういう場所でアルバイトをする機会がそういえばなかったんだよな。

 

とかなんとかやっているうちにここの回は終了。四辻さんは満足げだ。

 

「行くぞ」

 

「どこへ?」

 

「前の方。名刺交換と関係者への挨拶」

 

「わかった」

 

そう言ってざわざわとする十五分間の休憩の合間にさっき話していた学生さんのところへ向かう。

 

「あっと、名刺持っていなくて」

 

「そう。気にしないで」

 

そう言って彼女は名刺を丁寧に渡す。大人っぽいお姉さんに見えてくるがたぶん肉体年齢ではこの青年のほうがお兄さんなんだよな。ちなみに彼は学部生のはずだ。三年生じゃなくて四年生だろうが、それでここまでうまくやれるんなら大したものだ。

 

「うちの学生がどうも」

 

いろいろ四辻さんが話していたら、俺の方に声をかけてくる人がいた。首から下げられている名札を見るに学会の運営委員らしい。大学名からするとこの青年の指導教員かな。

 

「彼女が興味を持ったようで。良い発表でした」

 

そんな感じで俺達も名刺交換。隙を見て四辻さんも交換している。じっと名刺を見られているが、確かに奇妙に思うよな。普通なら学部生やってそうな若さの人が先端工業科技研究所の研究補助員をしているのだ。

 

普通なら、たとえインターン中の大学生であっても大学名義の名刺を出す。インターンなんて卒業したら普通は終わりですからね。でもわざわざこうやって出しているということは常勤で、それなりに長期間の契約なのだろうと考えているはずだ。うん、悩むがいい。実態にはたどり着けないだろうがな。

 

俺はあくまで付き人だ。最近髪を伸ばして隠せるようになった耳の下についたイヤホンからはBIFRONSの小声が聞こえてくる。あまりお行儀のいいものではありませんがね。しかしこういう髪型って下手にやると悪くなるのにいい床屋さんだとそれなりに落ち着いた雰囲気のままやってくれるのがすごい。

 

それを合わせれば、最低限の話を合わせることは行ける。俺の言葉を胸ポケットの中のマイクが拾い、それで相手の情報を集めていく。

 

「確か量子固体系の」

 

「おお、よく知っているね」

 

「研究室が材料系だったので、偶然覚えていただけですよ」

 

ただ、こういう対話がどこまで飲み込んでもらえるのかは正直わからない。相手について調べてから話すというのは一般常識だから、向こうもそれを想定しているのかもしれない。

 

「……岩間、イワマ。三工大。覚えておこう」

 

「あまり気にしなくていいですよ、ちょっとズレているところがありますし」

 

「他には今日はどういうところを見ていくんだい?」

 

若手研究者に向けるような目を彼は俺に向けている。まあ事実上若手研究者何だからそのとおりなんだけどさ。

 

「そうですね、最近は高圧物理系が面白いらしいのでそこに注目しています」

 

「やっているとわかるんだが、実験側が追いついていないところだな」

 

Lögseimr(ログセイムル)社とか面白い方法出していると思うんですけれどもね、需要が足りないんでしょうか」

 

「そこはまあ、理論のほうが希望を見せられていないということかもしれないが」

 

「真っ当な方法では作れない電子関係を作る事ができるというのはやはり大きいですからね」

 

あくまで俺達が話すのは表面上の内容だ。それでも同業者だとわかってもらう程度の関係にはなれるし、そこから生まれる信頼もある。それに世間話に混じって色々と情報共有をしていますからね。

 

計算機科学の限界。産業化された高圧。そういったところを普通の話のようにできる場所で、少しずつ広げていく。勘のいい人がもしいればその中心に誰かがいることに気がつくかもしれないが、その正体は案外探りやすいようになっているのだ。そしてアセット42に気がつくのであれば、それはそれで須藤さんの仕掛けた罠がうまく引っ張ってくれる、らしい。俺達は詳しいことを知らないが、プロの判断に任せるとしよう。

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