超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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マックスフロー・ミニカット 4

あちこちの学会に顔を出す、というのは四辻さんをかなり公に晒すということだ。ただ、これがなかなか面白いなと考えるのはデジタル上の足跡を残すわけではないということである。一応写真撮影とかがある場所は避けているからな。

 

「……で、俺の画像は?」

 

ホテルの一室、ベッドの縁に座る俺はサングラスの先にいるオンラインのBIFRONSに尋ねる。それをじっと見ているのは四辻さん。もちろんですが、寝る時には部屋は別々です。襲撃とかされたら困るだろうって?そもそも俺がそういうときになにかできるほど強くないですからね。できれば彼女に護身術とか仕込んでおきたいのだが、ブレイン・マシン・インターフェイスをつけた人を鍛えてくれる人とかいるんだろうか。

 

『追加では見つかっていません』

 

画像検索システムに俺の顔写真を読み込ませても、出てこない。それはいいことだ。四辻さんの顔はともかく、俺の方は比較的明らかになっても仕方がないと割り切れるものだ。名前を知っていれば学会発表で表彰された時の学部時代のやつは出てきてしまうからな。あれは授業でやった物理の問題を人工知能で弄っていたら未報告だと思われる面白い現象を見つけたので教育系の学会に出て説明したやつなので、今の俺の専門分野と直接繋がっているわけではないというのもいいところだ。

 

「そうか」

 

通信終わり。俺はサングラスを外して背中を倒してベッドに体重を預ける。一応盗聴とかも考えてあの地下室以外では基本的に本質的な会話を避けているが、こういう場所でまで警戒しておくべきかと言う悩みもある。

 

「四辻さんは疲れていない?」

 

「私は問題ない。思考速度も反射速度も低下していないから」

 

そういう問題じゃないだろうと一瞬思ったが、疲れを検知するための方法としては妥当だと気がついたので反論をやめる。しかし反射速度はまだしも思考速度の低下を認識できるってすごいよな、俺は自分が駄目になっていることを認識するのが苦手なんだぞ。

 

「……言いたいことがあったら、ここで聞くが」

 

「今はいい」

 

「そうか」

 

これが配慮だってわかっているのかな。あるいはこの種の配慮は四辻さんには不要なのだろうか。もどったらちゃんと尋ねたいが、聞いたところでそれが本当かどうかを疑ってしまう自分がいる。騙したところで彼女にメリットはないだろうというまともな認識があるが、そもそもの俺が他人に色々なものを隠して生きているので引き換えに人間不信になっているのだ。

 

「古瀬さんの方は疲れているように見える。もし話していいなら聞くよ」

 

「……どのあたりが疲れているように見えるんだ?」

 

そう言ってから、自分が怒りを口調に込めてしまったなと嫌な気分になる。俺は他人のそういうものを読み取りにくいし、読み落としてしまったんじゃないかとよく怯えている。だからできるだけ、不満は出さないようにしているのだ。それなのに、自覚するぐらいに失敗してしまった。

 

「そういう言い方をして、自覚して、罪悪感を持つところ」

 

「心を読むのはほどほどにしてくれ」

 

「読まれるような行動をするほうが悪い、と返させてもらう」

 

少し挑発的に四辻さんは言う。だれだよこいつにこんな態度を教え込んだのは。BIFRONSの設計者を呼び出して小一時間説教をしてやりたい。俺は座っていたベッドから降りて床に正座をする。

 

「……なにをしているの?」

 

そう言う四辻さんが椅子の上から見下ろしてくるような形になった。顔を見るが、相変わらずパーツの集合体にしか見えないな。

 

「反省」

 

「……うん」

 

彼女の間からすると、俺の思考をある程度は読んだのだろう。もちろん俺がBIFRONSの作成についての責任を負っていることに感じている引け目とかを認識しているわけではないだろうが、面倒くさいことを考えて勝手に自縄自縛になっているのはわかっている気がする。

 

「ストレスの認識は、ストレスが掛かっている状態では難しいから本当に注意して」

 

「……真剣に受け止める」

 

「立っていい?」

 

「ご自由にどうぞ」

 

そう言われたので俺は立ち上がる。あちこち歩き回ったせいで足が痛い。専門外に踏み込んだ領域をリアルタイムのBIFRONSの補助を受けて頭に詰め込んだのもあって、ここしばらくの負荷はかなり大きくなっていると考えられる。

 

「しかしまあ、色々と大変だ」

 

「仕事でしょう?」

 

「まあそうだけどさ」

 

報酬があると言えばあるのだが、そもそも俺にはそれを使う意欲というものがあまりない。それはまあ確かにBIFRONSを動かすのに使っているサーバーの利用料は奨学金とか特別研究費とかで賄ってはいるけれどもね。会計上はちょっとグレーゾーンな気もするが。

 

一応特別研究費のほうは言語学関連の分野の計算をさせたときだけの分の料金として使っているし、奨学金のほうは返済の計画も立てているから許してください。利息がないのは本当にありがたいです。最近インフレ率が下がってきて色々言われているが、それでも数字はプラスですからね。実質的に借りた額がどんどん減っていくようなものである。

 

「それが役目なら、受け入れたほうがいいよ」

 

「まるで俺がやりたくないと駄々をこねる強情なやつみたいじゃないか」

 

「違うの?」

 

「面倒なことをしたくないのは自然なことだろ」

 

「しなくてはならないことをきちんと理解するのが、知性を持つ存在としての当然のあり方では?」

 

まあ、そうだ。俺達は歯車以上のものだ。歯車は自律的に周囲の環境を反映して行動するようなことはない。もちろん機械工学の観点からはそういうフィードバック機構を作ることもできるが、必要な複雑度は一気に上がる。回転速度を調節する単純な調速機(ガバナー)だってどう少なくたって五つぐらいの部品と四つぐらいの可動部を必要とするのだ。

 

「……わかってはいるが、肉体がある以上限界もあるんだよ」

 

「無理をしろとは言わないし、無理をしたら困るのはあなた」

 

「寝るのがいいな!明日の学会に備えよう」

 

ちなみに明日からあるのは逓信技術学会である。戦前からある古き学会であり、電気系ではかなり大きなところだ。そこの中にあるいくつかの委員会が行う新しい技術についての意見交換会という側面もあるので、結構楽しみなのだ。ブレイン・マシン・インターフェイスについての議論もあるそうだし、その中の一人は既に須藤さんが進めているプロジェクトの参加者の一人である。

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