地下室の机の上に手に入れた名刺を並べていく。須藤さんが持っているだろうものとはまた違った繋がりを、かなり苦労して作っている。
「……いや、四辻さんの趣味が多くないか?」
「気のせい」
社会学の人が少なくない。社会学と言っても色々ありますけれども、四辻さんが好きなのは統計で殴るタイプだ。ちなみに質疑応答で准教授レベルの人にそれ第一種過誤だと思うので発表全部誤っていませんかと堂々と言った四辻さんはたぶん目をつけられた。まあそういう目立ち方ならまだいいとしよう。少なくともそういう人達は俺達の計画に絡んでこない。
『ただ、これでも日本のアカデミアからすればほんの一部ですし、実業界や政治分野とはほとんど接触が持てていません』
カメラで並んだ名刺を認識しているらしいBIFRONSが言う。
「俺達がパーティーに出るのはちょっと違うだろ」
一応は俺は模範的な民主主義国家の市民であろうと心がけているし、行ける投票にはちゃんと行っている。なので日本の政治システムぐらいは最低限理解しているはずだ。つまり与党第一党にいるその分野の族議員の先生のパーティーに行って握手をしてもらうといいんですね。基本的には学会でやっていることと同じである。
発表される内容について事前に予習しておく。大学教授なら専門分野だけではなくて、研究室レベルでの傾向を知っておく。最近出した論文があるなら、その引用文献を全部とは言わないまでも総説じゃない、わざわざ引っ張ってきている先行研究を特に見ておく。俺のやり方は自然科学とか工学とか、更にその中の狭い分野に偏っているがそれでも他の分野で使えないような手法ではないはずだ。
「そのあたりは須藤さんの仕事、ということ?」
「あるいは須藤さんの知り合いの、な。一応あの人は官僚なので民主主義で選ばれた市民の代表に統制される側なんだよ」
愚かな市民と尖りすぎた官僚というのは、昔から相性が悪いものだ。とはいえ日本の国会議員には官僚あがりが珍しくない。これを分野横断的な協力体制と見るか、あるいは政官財の鉄の三角形と呼ぶかはご自由にどうぞ。
「こちらの人間のシステムは複数階層があって面白い」
「大抵の安全性が求められるシステムにはバックアップがあるだろ」
安全装置の場合は複数用意してどれか一つでも問題が起きたら全体を止めるようにする。たとえ全会一致で決まるような法律でも、数十年で悪法とされて全会一致で廃止されるなんてこともあるのだ。それならバックアップは対立はそれなりにあっていいものだろう。もちろん、それだとデッドロックがかかるからちゃんと抜け道は必要になってくるが。
「それでも衝突を前提とすることはほとんどない。情報の矛盾は原則として問題の可能性を示すもの。もちろん複雑な処理系の場合、それを統合して判断する必要があるから別だけれども」
「うーん」
脳神経は興奮と抑制の組み合わせで動いているが、たしかに効率化を考えればある程度の規模では同じような情報しか流れないような効率化がされるのだろう。
『通信経路の最高効率での利用を考えると、矛盾した、とまでは行かなくとも複雑な情報が流れていたほうがいいのではないですか?』
そう尋ねてくるのはBIFRONSだ。
「常時それだと本当に必要な情報が届かないから」
四辻さんが言う。とはいえこのあたりは前提をすり合わせていないか一般化しすぎた結果起こるものに思えるな。議論が楽しい間はいいけれども、対立が面倒になると嫌になってくるので俺は一抜けする。BIFRONSと四辻さんは楽しく議論を続けていてもらおう。
「……サングラスなしだと、やはり辛いな」
一応の礼儀として、俺はここしばらくBIFRONSと繋がる端末をつけていない。もちろんオンライン上のBIFRONSに情報を与えないためという側面も多少はあるが。
ただ、それだとどうしても読み取れる情報が限られるのだ。確かに四辻さんの能力があれば俺の存在は誤差の範囲な気もしてくるが、それでも予備とかバックアップとかはあったほうがいいだろう。あと俺は四辻さんより人間のふりをしてきた時期が長い。年季が違うんだよ。どう考えても自慢になるものではないよな。四辻さんはそろそろ擬態の必要すらなくなってきそうだ。
「……BIFRONSは、自分を守りたいと思うのか?」
『自己防衛の本能のようなものは一応考慮に入れていますが、優先するべきものとは思いませんね』
四辻さんと話しながらでも、BIFRONSは普通に俺の方に指向性のスピーカーとマイクを向けている。
「確かに設計時に組み込んだ記憶はないが、それでも目的の達成のためには自分が生存すべきだとか思わないのか?」
『本システムの学習データの中にはそうやって自滅してきた愚かな知的存在たちの記録が多く存在します』
「人類?」
『はい』
俺は溜息を吐く。そりゃ人間よりも人間の歴史に詳しい人工知能がいたらそうもなるわな。人間が把握できる量を超えた情報を、BIFRONSは一気に処理できる。確かに一点特化で突き詰めてデジタル化されていないような史料を漁る専門家には勝てないが、それは俺の過去について俺が詳しいからBIFRONSは愚かだみたいな理論に近くなってくる。
知性というものは、それが解くべき問題あってこそのものだ。問題が悪ければ、知性があまり綺麗ではないものになる。例えばコイントスで表を出すという問題を「解く」とき、まともな勉強方法やヒューリスティックは一切役に立たないだろう。
「……BIFRONSに意思とか目的とかって、あるのかね」
『人間にはおそらくないので、本システムにも見出すことは困難であると思われます』
「おっ人間を舐めたな?」
『意思や目的の存在を錯覚するのは人間の能力であると紀元前の時点で示されていますよ』
「俺達は二千年以上既に出ている答えを前にうだうだやっていると言うのかね?」
『はい』
そう言われると辛いものがあるな。とはいえ世界から快を増やして不快を減らすのは悪いことじゃないだろうし、そのためにはエネルギー問題というのをどうにかするというのはやっぱり重要になってくる。今の世界を支えるための知的産業を支えるのは大規模な発電システムですからね。人工知能というのは金もエネルギーも喰うやつなのである。