超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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マックスフロー・ミニカット 8

計画に関連しそうな論文が出た。ただ、プレプリントに近い。

 

「……計算が難しすぎるんだよな」

 

地下室で俺は論文についてきたデータを見ながら言う。ディスプレイの上で3次元で回されているのはかなりの高圧に相当する構造的ひずみを有した結晶だ。

 

「それが例の超伝導体?」

 

後ろから四辻さんが声をかけてくる。

 

「そう。ただ電子状態が不安定になるからどこかで留める方法が必要らしい。まあこの種の理論計算だけのものにしては悪くない方向を示しているように見えるけれども」

 

そう言いながら俺はよくわからない機械学習処理を通した電子密度分布を確認する。元論文どうなってるんだこれ、そもそもこの手法って結果ありきの良くないやつなんじゃないか、とか思いながら英文に目を通していく。機械翻訳を最近は使わないようにしているが、そうするとやはり脳の効率はかなり落ちるな。

 

一方の四辻さんは平気で使いこなせるようになった。同時通訳をするのは前提条件が厳しいらしいが、一文一文であれば俺よりも適切な訳語選択と速度で対応している。別に俺が頑張ったって特に役に立たない気がしてきて罪悪感で潰れそうになる。ほどほどにしておこう。

 

「問題は分散ドーピングの手法、でいいの?」

 

「そうだな。ただし俺が局在スピン同士の相互作用とかを全然理解できていないことは抜きでだが」

 

「私も具体的にどうやってこの方法が作り出されたのかを知らないし、大量生産には相転移された自由を使ったほうが効率的だから謎が多い」

 

「四辻さんでもそうなら人類には辛そうなんだよな……」

 

爆薬とかを使って高圧を作るのはいいが、その前段階として圧縮前にちょうどいい形で超原子を配置する必要がある。そして面倒なことに、そのような系を計算するには計算機の能力がかなり不足しているのだ。

 

電子分布を計算する時に機械学習を用いるのは一般的になっているが、高圧だったり珍しい物質だったり規則性が長距離でないと現れないとする場合にはかなり面倒になる。普通は前提として小さな規模での高精度な学習データが必要になるのだが、そのデータにどうやって長距離の要素を足すのかというのが問題になってくる。

 

「ただ、確かこの方法は人類時代にも知られていたはずだから不可能ではないはず」

 

「人類時代って?」

 

「知性の中心が生身の有機体にあった時代のこと。構造体が機能していた私からすれば数万年前の出来事」

 

「結構最近なんだな。ホモ・サピエンスが種としてできたのっていつ頃だっけ」

 

『アフリカ大陸で見つかっている人類学的根拠を元にするのであれば、およそ十万年前です。ただし定義は頻繁に変わっていることに注意してください』

 

「あのあたりってなんか定期的に新説を出しているがあれって論文数稼ぐためにぐるぐる同じネタを数十年周期で回しているとかそんなことないよな」

 

『ありません』

 

「なら俺の偏見か……」

 

知らない分野に雑に触れると専門家から怒られるというのはよくあることだが、BIFRONS相手であれば多少の無知と偏見を晒しても許される気がする。本当に許されているだろうか?自分の中の大切な何かが常に削れていっていないだろうか?

 

「私たちの構造体のあった世界と、この世界は大きくは変わっていないはず」

 

「人類の進化とかも含めてか?」

 

俺の言葉に四辻さんが頷く。

 

「私の遺伝子とこちらの世界の人類の遺伝子の比較情報を見る限り、大きな違いはない。おそらくは、私たちの世界では偶然火や農業を見つけた個体がたまたま少しだけ早く現れたのだと思う」

 

「確率論みたいなところがあるからな、あるいはガチャか」

 

ある技術とか発想が現れた時、なぜそういったものがその瞬間まで現れなかったのかとか、あるいはなぜ現れたのがその瞬間だったのかを議論することが無意味なことがたまにある。ただの偶然としかいいようがないことがあるのだ。

 

もちろん、前提を丁寧に分解していくことはできる。だが確か以前何かの記事で読んだのだが、電池の祖先みたいな金属の板と塩水を含ませた厚紙を積み上げたものが18世紀末だったかに生まれたことに深い意味はなくて、千年前に見つかっても良かったしあと一世紀かかっても見つからなかった可能性はある、というのがあった。あれは確か今ある技術を活用していくことはまだ見ぬ新技術に投資するのと同じぐらい重要だぞみたいな話だったな。

 

そういう理解ができる人をこっちに引き込むべきかもしれない。というかその記事どこで誰が書いていたんだろうな。ブログじゃなくて商業系のなにかだったとは思う。まあいいや、思い出せないものを無理に思い出そうとしないようにしよう。

 

「試行回数が多ければ、良い成果が出やすくなるというもの?」

 

「そういう感じだ。ガチャについてはご存知で?」

 

「探索を効果的に行うための脳反応が射幸心として抽出されて、娯楽と市場の組み合わせによって生み出された活動であるということぐらいは」

 

「悪い知識を学んでいるな……」

 

とはいえだいたいあっているのが始末に困る。BIFRONSが教える常識って結構偏っているんだよな。理由としては学習元の情報がかなり偏っているということがあるかもしれない。俺が選んだからな。

 

あとは人格というか基本処理部分が俺との会話をベースに色々と最適化しているというのもあるのだろう。視線の動きとか目の筋肉の反応とかで軽く好悪の判定を入れてそれをフィードバックさせたので、具体的なことはともかくとしてBIFRONSは俺のことを良く知っているはずだ。

 

ただ、問題はその反応をプラスに捉えたかマイナスに捉えたかだ。俺のかすかな反応を逆に捉えられたら、俺を苛立たせて高血圧で殺すこともできるような人工知能になってしまった可能性はある。そして必要があれば今の学習データから俺の反応モデルを再構築してそれの符号を反転させることはできるはずなのだ。

 

『本システムの利用責任は自然人に存在します。適切な保険制度などへの加入をおすすめします』

 

「確率論的な問題にせずにちゃんと問題の特定と改善をしろよ、それができるシステムだろ」

 

俺はBIFRONSに文句を言う。自己改良ができるシステムは、ある種の倫理的な義務を負うべきなんじゃないだろうか。だって問題を自分で気がついて直せるんですよ。それなら問題を起こしたら、直していないそいつが悪いってなってくれませんかね。

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