超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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マックスフロー・ミニカット 9

「……私は不満に思っている」

 

「悪かった、とは言えないんだよな。立場上」

 

ここは俺の借りているマンスリーマンション。あまり使わない調理器具は、今は四辻さんの手の中にある。

 

「私も行きたかった」

 

「それで俺が連れていけないことぐらいは、理解しているだろう?」

 

「人間は理解できていようが不満を持つ存在だから」

 

部屋に置かれている機材からは、今日はBIFRONSを切り離している。もしBIFRONSが彼女の存在を見たら色々な考察をするだろうし、下手すること公開情報だけから彼女が何者であるかを突き止めてしまうかもしれない。

 

本質的に、四辻さんの安全性は埋没することによって成り立たねばならない。つまり、大勢のうちの一人であり、誰も詳しく調べようとしない存在としてだ。調査のためには一定のリソースを費やす必要があるし、候補が多ければ多いほど追いかけることは難しくなる。おそらく、須藤さんは俺みたいなわかりやすく動いている人間を何人も用意しているのだろう。

 

「……難しいか?」

 

「熱伝導を計算するのは難しい」

 

彼女が作っているのはベーコンエッグだ。ちなみに魚焼きグリルの中ではトーストが焼かれています。楽しいお昼ご飯だ。

 

「失敗したところで食べられなくなるものができるとは思えないから安心しろ、殻だって別に毒じゃない」

 

「炭酸カルシウムの食感があまりいいものではないというのは理解しているから、慰めにはならない」

 

「優しさってやつだよ」

 

そう言いながら、俺は彼女の様子をじゃまにならない距離から覗き込む。事前にBIFRONSといっしょにある程度計画を立て、加熱していない状態のフライパンを実際に持ち、自分の指が感じる熱についての補正までしている。

 

彼女は透明感のある、しかしとろけるほどではない半熟の黄身が好きらしい。一般的に、それは時間と勘で作られるものだ。火加減を調整しておけば、特定の時間でそれはできる。だが、彼女はそういったものなしにそれを試そうとしているのだ。

 

脂がフライパンの上で跳ねる音。卵が割られて、熱したフライパンの上で広げられる。白身の縁がしばらくライデンフロスト現象で加熱されることに抗うが、しばらくすると諦めて変性するがままになる。

 

「あまりつつくなよ」

 

俺の言葉に四辻さんは表情一つ変えない。少し小刻みにフライパンを動かして、裏側が引っ付かないようにしている。このあたりは人それぞれのところがあると思うので、黙っておく。

 

そして彼女は手際良くフライパンを跳ね上げて、目玉焼きをグリルの網の上に置かれていたトーストの上に載せた。

 

「できた。試食をお願い」

 

「四辻さんが食べるべきでは?」

 

「もう一つ作る必要があるから、私はそちらを食べる」

 

「……いいのか?」

 

「より改善された手順で作られた食事の方を食べたいので、古瀬さんに失敗作を押し付ける」

 

「ああどうも」

 

そう言ってくれるなら安心して食べることができる。

 

というわけでちゃぶ台の前に座って食べる。うん、普通に予想通りの味だ。胡椒をちょっと振って、数口で食べきってしまった。

 

「……どうだった?」

 

「黄身がこぼれなくてよかった」

 

「ありがとう」

 

そう言って彼女も自分の分の目玉焼きオンザトーストを作って食べる。満足げだ。

 

「それで、料理の感想は?」

 

「一人分の食事を作るのって手間がかかりすぎると思った」

 

「……そこなんだ」

 

「自由度が高くなるのは認めるけれども、これだけの人口があるならどこかでまとめて作ったほうが効率的だし、そのために外食産業があるのはわかる」

 

「そういう認識になるのか」

 

「世界中から集められたものを一つの皿に集めることができるのは、巨大市場の存在と通貨による信頼が浸透していることの同義だし、そのような文明を築くのは決して容易なことではないから私は敬意を払うべきだと思う」

 

「……このあたりの話し方は、まだどうにもこなれていない気がするんだよな」

 

「直訳をしているから仕方がない」

 

「そうか」

 

彼女が意思を伝えようとしたら、どうしても直接的な言い方になるのだろう。人間同士の会話であればそれは怒りとか不満の表明になることが多いが、彼女にとってはそれはあくまで単なる意見にすぎないのだ。俺が比較的それを無視するのに慣れているというか読み取るのが苦手だからいいとして、そうでなければ彼女がフラストレーションを溜めていたかもしれないと思うと相手が俺で良かったなとは思う。

 

「どうだった?」

 

「満足した」

 

「それは何より。片付けの方法も教えようか?」

 

「日頃からしていないから、わざわざ私がする必要もないのでは?」

 

「……この機会に俺がやるから、隣で見るか?」

 

「見せてもらう」

 

そう言って彼女は俺がキッチンペーパーをミシン目に沿って切っているのをじっと見る。緊張するな。とはいえコンロ周りにもあまり脂が飛び散ったりしているわけではないのでそこまでではない。そもそもここで調理することも多くはないからな。おそらく俺の体重の半分ぐらいは先工研の食事でできている気がする。

 

「……調理は趣味になりそうか?」

 

「突き詰めることのできる要素が多そうだから、悪くはなさそう」

 

「良いというほどではないのか」

 

「手間と時間をかけるだけの価値があるものを生み出すには、かなり練習が必要そうで、それだけの時間をかけることができるかがわからない」

 

「……趣味って、そういうものであってほしくはないんだがな」

 

とはいえ、練習しないと趣味として楽しめる段階にならないというのはよくあることだ。ランニングのためには本気で走っても壊れない膝が必要だし、本を読むためには識字能力以外にも色々なものが必要だ。

 

俺にとって一応趣味と言えなくもない人工知能のあたりだって、中学校時代からパソコンを触っていて、高校時代に自分で作ろうと試みて失敗して、大学時代に本気で取り組む余暇があったからだ。

 

「自分が楽しいと思えて、価値があるものでないなら、趣味として選ぶべきではないのでは?」

 

「……そうだよな、楽しくあるべきだ」

 

世界は辛いことがそれなりにある。そこから逃げられる場所を持っているというのは強みになるが、それが強みになるというのは誰しもが持っているわけではないということも意味してしまうのだ。そういう世界はあるべきではないが、今ある現状を否定するのもよくないことだ。

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