超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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スリーウェイ・ハンドシェイク 7

「……うまいもんだな」

 

俺はアクリル板越しに盆の上の焼き魚を食べる彼女を見て言う。というかそういうのが食べれるのか。未知の言語をさっきまで話していながら器用に魚の身をほぐしている彼女を見ると変な気分になる。

 

「何がですか?」

 

「箸の使い方。この道具は東アジアを中心に使われている」

 

ただ、彼女が無からそれを学んだわけではないのは間違いない。もはやどちらがインフォーマントかわからなくなっているが、彼女は俺の食べている様子を見てそれを再現するように食事を進めている。ただ、それでも箸を器用に持つのは異常だ。

 

「理解した。これは何ですか?」

 

「フォーク。そちらのくぼんだ食器はスプーン」

 

その二つは比較的形から機能がわかりやすい。制御しやすい方法を考えれば、持ち方もある程度限定されるだろう。ただ、箸はそこまでではない。

 

俺が箸を持っているのを見て、それだけでどの筋肉を動かして対応すればいいのかわかるというのは特殊なミラーニューロンを持っているとでも考えるのが妥当そうだ。この種の模倣が得意な人を俺は何人か知っているが、そもそもその種の技能は基本的に社会で役に立つ場面が少ないのだ。

 

例えば俳優。方言や、あるいはその地域や職業、経歴に基づく身体の動かし方。あるいは言語聴覚士のような発声器官を中心としたトレーニングやリハビリの専門家。ただ彼らは自身がまねるというよりも他人が真似ることを支援するという側面が強いか。

 

「これはフォークではない」

 

そう言って、彼女はスプーンを持って言う。俺も相手の参考になるようにスプーンを持って、ポテトサラダをすくうようにする。

 

「はい。それはスプーンです」

 

「理解」

 

こういった些細な言語的やり取りはもっと先に終わっているんじゃないかと普通なら思うだろうが、今やっているのは会話の練習だ。微妙な間、会話の時にどのように切り替わりを察知し、あるいはさせるか。こういったものは言語学の枠から少し飛び出すが、かなり重要なものだ。

 

「そういえばアレルギー検査はされたのかな」

 

「アレルギーというのは何ですか?」

 

彼女の言葉遣いはちょくちょくBIFRONSから調整を受けている。より適切なイントネーションにするためのアドバイスや、いくつかの統語論的アドバイス。それもあって、俺の口調から学んだとは思えないほど丁寧だ。

 

「免疫応答の過剰反応で起こる疾患。俺が口で言うよりもそちらを見たほうがいいんじゃないか?」

 

そう言いながら俺はノートパソコンをちらりと見る。画面には視線誘導がコミュニケーションに与える要素について説明があった。気のせいかカメラの一つと目が合う。

 

── 気にしないでください

 

サングラスに流れる文字。本来BIFRONSのシステムにはユーモアを導入してはいないのだが、時折こういった心を読んできているんじゃないかとも思えるほどの文章を出してくることがある。

 

もちろん、それがある種のバーナム効果であることはわかっている。つまり俺の目線と瞬きのタイミングから、俺が考えていそうな範囲を推測し、それを覆うような返答を返す。そうすれば何を考えていたとしても図星を指されたような印象が俺に残るわけだ。

 

「……私の知る概念と差異が多い」

 

「システムをどう切り取るかは解釈の問題だからな。そちらの話もゆっくりと聞きたいが」

 

「まだ相互の理解は不十分で、解釈の一致を発生させない可能性がある」

 

「熟語が多いな」

 

彼女の言い回しにそう呟くと、網膜に統計情報が映し出される。BIFRONSの意図的なものだそうだ。熟語は比較的意味が定まっているため、それでやり取りをしたほうが解釈がやりやすいということらしい。ただ表意文字の漢字前提のものを音声言語で使うのってどうなんだろうな。この点においてはトキポナみたいに意味と音との繋がりが明瞭なものはいい。

 

「熟語って何……あなたは大丈夫、話さないで、食べていることが許可される」

 

彼女の言葉にBIFRONSが修正を入れる。この説明の単語も今まで使われたものから選ばれているというのだから俺には無理だなとなる。

 

「名前は?」

 

「私の名称?」

 

「そう。今更だが」

 

「42」

 

よんじゅうに。数を数えるか、年齢を伝えるか、そういう口ぶりで彼女は言う。

 

「……相手が致命的な誤解をしていないか?」

 

指輪を触りながら言った俺に反応してノートパソコンが分析結果を出す。既に「私」と「名称」については何度もやり取りがされている。「名前」と「名称」が同義語であることも伝えられている。

 

「念のための確認だ。俺達はあまり、名前として数字を使わない」

 

そう言いながら、あまり正確な言い回しではなかったなと考える。BIFRONSからもツッコミを入れられているし、画面には補足情報が出ている。確かに123とか56とかそういう名前の人は歴史上にはいますけどね。そうすると何だ、四十二(よそふた)さん?

 

「数字の四十二です。名称は、対象を他の存在から区別するための記号ですよね」

 

「そうだ。今回ならあなたを俺とか、あるいは他の人間と区別する時の呼び名」

 

「四十二です。誤解はありません。同一呼称が同じ空間に存在した場合にはより調整された語を付加します」

 

より洗練された言い方を紹介してくれるBIFRONSを横目に俺は思考を回す。彼女は何らかの番号で呼ばれていたが、それが重複することがあった、ということだ。確かに収容所や刑務所で管理される対象を数字で呼ぶことがある。だが、その場合に重複することはないようにされるはずだ。

 

非人間化(デヒューマニゼーション)。俺達が彼女にやっているようなことだ。まあ現代社会なんてあらゆるものを資産とか取引とかの対象にして解体しすぎて結果何もなくなってしまったようなところがあるのであまりこれについてはとやかく言うのはやめておこう。少し前は差別の代表例として騒がれたが今では威力もなくなったのか人気が下火になっている概念であるし。

 

「そうか。四十二。この状態はもう少し続くだろうが、希望があれば言ってくれ」

 

「……わかりました」

 

希望、というまだ使われていない言葉を画面でみて語義を確認できたらしい彼女が俺に向かって言う。こうされると、完全に俺が取材されている側になるんだよな。ノートパソコンを一台、彼女の方に回したほうがいいかもしれない。

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