超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ファーストムーバー・ディスアドバンテージ
ファーストムーバー・ディスアドバンテージ 1


「……人工知能に書かせているんじゃないのか?」

 

岩間教授が俺の書いたPDFの印刷物に赤ペンを入れたものをめくりながら言う。

 

「まさか、俺だって大学の人工知能の利用に関する指標をきちんと読んでいますって」

 

一応、俺は不正というのがあまり好きではない。バレたら面倒になることのほうが多いからだ。そりゃまあ四辻さん案件では思いっきり隠蔽とか裏工作とかやっていますが、それはそれ以外にまともな方法がないから仕方がないのであって。歴史上そうやってやばいことがずっと行われてきていたことからは目をそらす。

 

「誤字の指摘は下手なんだな」

 

「その方向で使ってないからですかね……。低レイヤーのシステムをちゃんと作るべきでした」

 

「汎用のもので回しているのか?」

 

「ええ、ちゃんとログも取っていますよ。ギガバイト単位になりますけれども」

 

「ログと言っても入出力だけならそんなにならないだろ」

 

「内部処理とか乱数とかのあたりまできちんとやると難しくなるんですよ、大学の求めている基準を超えているものですし、正直俺でも分析できないぐらいのデータですが」

 

人工知能が社会を破壊すると言われて長いが、残念ながら人類は些事をしていると考えている。かつてタイプライターという結構壊れやすい機械装置を使わないと作れない文章がほとんど修理の不要なキーボードに置き換わったことで作業は色々と楽になったはずなのだが、文章を書くという点だけを見ればやっていることがそう変わらないように見えるのと同じだ。

 

「ま、わざと入れているんだったら本気で怒るところだったがそうでないならいい」

 

「忙しいことをわかっている教授相手にそういうことはしませんよ……」

 

「なら最初からちゃんと誤字修正をやってくれ。あと話の流れは良く練られていてわかりやすかった」

 

「ありがとうございます」

 

「あとは宮部先生にも見てもらいな」

 

「もう見せましたよ、僕にはわかんないから岩間くんがちゃんと確認してくれるよとか言ってましたよ」

 

俺の言葉に岩間教授は息を吐いた。押し付けられる者同士仲良くしましょう。俺はそろそろ逃げるがな。

 

「審査の方の準備は順調かね?」

 

「日付はまだ決まっていませんが、予定が被らなければ来てくれる人が何人か。国外でも俺が出したモデルを使って言語処理を色々やっている人がオンラインで参加してくれるようです」

 

「君のほうがそういう人脈を作るのは得意だからね、最近色々な学会に出ているようだし」

 

「先生のところまでもう噂が回ってきましたか」

 

「僕の研究室の名前じゃなくて先工研の名前を使っているのは、ちょっと悲しいなぁ」

 

わざとらしく岩間教授は言う。眉を下げながら口角を上げているところからきっとたぶんわざとだ。わざとであってくれ。そうでないとただ俺が不義理をしただけになってしまう。

 

「……本当に悲しんでいますか?」

 

「少しはね。とはいえ君が今後暴れまわる時に僕の名前よりも先工研の所属のほうが色々としやすいだろうとは思うよ」

 

「材料情報学の分野であればかなり有名だと思いますが」

 

「君はなんか生命倫理系のシンポジウムにまで出てただろ」

 

「なんで知っているんですか」

 

「ほら、ここの隣って義手とか義足とかやっている研究室だから」

 

「ああ、ロボティクス制御……」

 

我が大学の工業系の専攻は雑にあらゆる分野を詰め込んだようなものになっている。俺の出身の機械系に、材料とか化学とかの方に進んでいることもあるし、電気電子系も、工業とか産業とかの実装に力を入れているところもある。そうなると、この教授室と研究室が詰まった建物をぐるりと回るだけでかなりの人と繋がれるのだ。

 

そして俺を見かけた教授がそこにいてもおかしくない。この世界は結構意外なところで作った人間関係がものを言うので、あんたのところの学生を見たぞと伝えることもあるだろう。

 

「一緒にいた人は知り合いだったのか?」

 

「プライバシーに踏み込むのは今どきはハラスメント扱いされかねませんが」

 

「……すまない」

 

「家庭教師先の教え子ですよ」

 

「君が家庭教師を?」

 

驚いたように言われた。なんだよ俺が誰かを教えたらおかしいかよ。というよりこっちの言われ方の方がかなり傷ついたぞ。

 

「天才かどうかは知りませんが人工知能では俺に匹敵する人ですよ」

 

「へえ、若そうなのに先工研にいるというからどういう人かと思ったけど古瀬くんに匹敵か……」

 

「お世辞抜きで、ですからね」

 

「わかったよ。さて、うちの研究室のD3、今年は君だけだから本当はしっかり面倒を見るべきなんだが……」

 

「一応今すぐ審査会やってもいいぐらいの準備はしてありますが」

 

「用意周到なんだよな、僕は何もしなくていいのでは?」

 

「ちゃんと審査の証明書類作ってくださいよ、担当教員の仕事でしょう」

 

「わかったわかった」

 

とかなんとかいいながらかなりの量の学生用書類を作っているらしいんですよね岩間教授。なんか色々な大学内のかかりと鴨になっているらしいという噂を聞くので俺はアカデミアに進むには体力と気力が決定的に足りないのだと思い知らされる。

 

「……しかし、転がり込んできた君がここまで面白いことができるとはね」

 

「別にやっていること自体は単純ですし、自分の功績がどこまで人類の科学の進歩に貢献したかとかはありきたりな言い回しか欺瞞にしかなりませんよ」

 

「それはまあ、そういう言い訳ができるかどうかを聞かれているところがあるからな。研究者として一人前と認められるためには予算をもぎ取ってくる必要がある」

 

「宮部名誉教授のあたりにそのあたりはちゃんと話聞いたほうがいいかもしれませんね」

 

あの人は工業系大学の教養系の枠で言語学をやっていたのだ。確か教えていた授業は留学生向けの日本語と情報系のところの情報言語学の授業とかじゃなかったかな。そもそも三河工業大学に来たのもある程度遅くからだったはずだから色々とあるのだろう。

 

アカデミアで成功している人達を見ると、誰も彼も俺には到底できないようなキャリアを通っている。ただ、俺がこれから通ろうとしているキャリアに比べれば少なくとも先人がいるし、ある程度踏み固められた道なんだろうなとが思う。それを歩ける人が常人ではないというだけのことだ。

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