超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ファーストムーバー・ディスアドバンテージ 2

俺と四辻さんはあかぎ南新事業所第三研究群C4棟の職員だ。つまりは色々な講習とかに出る義務があるわけで。

 

「……安全衛生委員会からは以上です」

 

全員をこういう場所に集めて、スライドで投影されるプレゼンテーションを見る。労働安全衛生法かなんかのせいで、こういうものを受ける必要があるのだ。基本的には半月に一回。ただ、今まではこのC4棟が動いていなかったのと人員上よくわからない立場に俺達が置かれていたので研究書内部のシステムで配信される資料をオンデマンドで確認して完了ボタンを押す作業をしていた。

 

「面白いね」

 

四辻さんが小さな声で俺の耳元で囁く。

 

「そうだな」

 

そう言いながら、周囲に視線を走らせる。スーツを着ている人はいない。基本的には全員がカジュアルな格好だ。化学とか生物系の研究をしているチームもあるが、そういう人達が着る白衣は外に持ち出されないようになっている。そもそもあれって人間を汚染物から守るものであって、つまりは汚染されることが前提なんですよね。廊下を移動している時に着ていることはあっても、こういう集まりにはあまり着てこないものです。

 

そもそも先端工業科技研究所の内部制度って非常にわかりにくいんですよ。建物ごとに薬品管理とかゴミ出しとかはされているんですが、そこの研究者たちはチームと班みたいなもので動いているんです。そしてそれらは研究群や棟を超えていることも多い。

 

一応須藤さんが気を使ったのか、この建物に集まっている研究者たちは基本的には四辻さんの示す青写真の方向に近い人が多い。もちろん、それはこの建物やあかぎ南新事業所のセキュリティを高める理由付けでもあるんですけれどもね。前に名札がひっくり返っていたら守衛さんが丁寧ではあるが有無を言わせぬ態度で誰何してきてかなり怖かった。

 

「……こうやって見ると、人が増えたね」

 

「そうだな」

 

俺達は部屋を出ていく人の流れに従い、階段を降りていく。そもそも結構な人数が怠惰のためか、あるいは肉体的に弱いのかエレベーターの方に進んだので周囲に人はいないし、地下まで行くのは二人だけだ。

 

隠し扉というわけではないがわかりにくい扉を通り、また一段下がる。威圧的にこちらを見てくる監視カメラ。ここからは、BIFRONSも管制している空間だ。各種センサーの情報はハードウェアレベルで分割されて一方は警備システムへ、そしてもう一方はBIFRONSへ送られている。

 

だからもしBIFRONSがその気になればこのC4棟がまるごと乗っ取られるとかあるんだろうな、とか考えてしまう。人間は常に一つのことを考え続けるなんてことはできないが、BIFRONSは複数のテーマを長期間考え続ける事ができるように作ってある。

 

基本的に思考とは手続きで、手続きとは計算で、計算とは記号操作だ。その程度で人間の思考を再現するには十分だということは、現代ではもはやほとんどの人が認めている。もちろんまだ人間性とか人間にしかできない知的活動を探している人もいるが、それはもう人間というハードウェアに依存していたり、あるいは人間特有のバイアスの検知みたいな本末転倒な水準になってきている。

 

「お先にどうぞ」

 

俺は先に四辻さんを通すために立ち止まる。一度に二人以上が入れないよう、二重扉の途中に一人しかいないときしか動かないようになっている。もちろん解除もできるのだが、時間がかかるし面倒なようになっている。

 

「ありがとう」

 

そう言って四辻さんはカードキーをかざし、手首の静脈を読み込ませ、暗証番号を打ち込む。この三つを全部揃えるのはかなり難しい。カードキーなら盗めても、静脈を用意することは難しい。暗証番号はテンキー部分の並びが毎回変わるので、ちゃんと見て入力しないといけないしそもそもその場所に入れるのが一人だけなので脅すとかも難しい。

 

人質ならまだ可能性はあるが、四辻さんには適宜俺については犠牲にしろと伝えてある。一応四辻さんもそろそろ犠牲にしても大丈夫なぐらいの体制になっていると聞くが、それでも俺は彼女を犠牲にはできないだろうな。こういうところが詰めが甘いと言われそうだ。

 

四辻さんが通り過ぎるとLEDが赤から緑に切り替わる。四辻さんが向こうについた合図だ。というわけで俺も通る。今までの殺風景で圧迫感のある廊下と比べて、こちらの部屋は意図的に明るく、過ごしやすく作られている。

 

「……あそこで働いている人を見ると、私たちが怠けているように感じてしまう」

 

「罪悪感ってけっこう複雑な感情な気がするが、内面化できるのか?」

 

「社会共同体内部で生活していた経験はあったし、その中で不適切な資源分配についての問題もあった」

 

「あるんだ」

 

「どっちが先に大人に抱きしめてもらうか、子供が言い争うようなものだけれどもね。物質資源が豊富だったとしても、個人と個人の関係が複数存在するならそこには優先順位が存在して、あるべき理念は生まれてくる」

 

「……こっちの社会に比べれば些細な問題に思えるが、当の本人たちには重要なんだろうな」

 

「まだ感情が発達しきってなかったというのもあるだろうとは断っておく。私だって大人といっしょに寝るのが好きだった」

 

「……社会性の問題か」

 

俺はずっと一人で寝てきている。電気毛布とか買ったほうがいいだろうかと考えて買えていない。人間の熱は嫌いじゃないが、最後に経験したのはいつだったか思い出せない。多分母親だと思うが、十代前半とかじゃないだろうか。

 

「……言いたいことがあるようだけれども」

 

「表情を読むなよ、そしてあったとしても言えるものではない」

 

「そう」

 

四辻さんは椅子に座り、自分の思考をキーボードを通して打ち込んでいる。律速になっているのは彼女の生身の脳が実際の問題をきちんと考えられるかどうかなので、出力の方法ではないのだ。そしてそうやってまとまったものをBIFRONSが解読して独自の理解をして、それを俺に伝えて、そこから人類向けに俺を通して翻訳して、それを須藤さんが社会実装させる下地を作り、多くの研究者がそれを形にしていく。

 

こうやって見ると回りくどすぎるな。やっぱり四辻さんをどこかの演台に立たせて全世界生中継で講義内容を配信するとかのほうがいいんじゃないだろうか。とはいえそうしたところで結局産業を動かさなくちゃいけないのだからあまり変わりはないのかもしれない。

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