超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ファーストムーバー・ディスアドバンテージ 4

世界が動き始めている、ように勝手に思っている。実際にはそういう動きはすでにあったのかもしれないし、四辻さんがいなくたってそれは起こっていたのかもしれない。

 

「古瀬さんはこういうものが得意?」

 

「まあ、一応修士はこっちの方向だったからな」

 

プレプリントの筆頭著者はワシントン研究機構内の地球惑星科学研究所に所属する上級研究員。組織図からすると研究室みたいな組織で組織マネジメントに直接関与する訳ではないが叩き上げとして仕事をしている感じだろうか。

 

大きな学会からいくつかの賞。国際学会の分科会と、アメリカ国内の小さな学会の学会長をした経験もあり。教科書の執筆が三冊。いくつもの学会で特別会員(フェロー)扱いを受けている。ベテランと言っていいだろう。

 

「……水素化バナジウムの圧縮?」

 

「前に理論モデルが出てたからな、その系列だとは思うが」

 

やっている内容はそう難しいものではない。水素を吸わせたバナジウムを押しつぶすだけ。もちろん、それができる機械は世界に数えるほどしかないのであるが。そしてこの筆頭著者はこの種の高圧研究で有名らしい。ただし岩石の起源とかそちらの方向で。

 

だから重要視するべきは他の共著者なのだろうが、調べてもあまり情報が出てこない。中国からの留学生らしいということがかろうじてわかるぐらいだ。そもそもそこまで有名ではない大学所属だしな。

 

あらゆる場所の、あらゆる分野のアカデミアにおいて、学閥はかなり普遍的だ。例外と言えるような事象はないわけではないが、それは人数が少な過ぎて内部で派閥を作れるほどではなかったりする場合が多い。

 

「すごい方法で高エネルギー電磁波を作っている」

 

「放射光施設内に高圧印加装置を持ってきているのか」

 

四辻さんと俺の驚くところが違っている。物質の結晶構造を見る時に、X線を使うのはかなりよくある手段だ。重要なのは透過性ではなく波長の短さである。結晶のスケールと電磁波の波長のスケールが揃っていると干渉によって面白い現象が起こるのだ。

 

この測定のためには、波長が揃って強い電磁波があることが望ましい。そして電磁波は荷電粒子が加速度運動をすることによって作ることができる。そして荷電粒子は強磁場下で加速度運動をする。

 

つまり、強い磁石を用意して電子とかをその中に通してあげると電磁波が出るんです。本当ですよ。そしてこの時に出てきた電磁波はかなり向きが揃っていて、パルス状に一瞬だけ強いような形になります。このあたりを説明するとなると相対性理論が必要なんですが、俺は正直わかっていないので口を閉じておきます。

 

「この種の検査は私がいた場所でも一般的だった」

 

「本当?X線を使う分析は色々とあるけれども」

 

「複合的な分析だったけれども、そのうちの一つはこれと似たものだった」

 

「あくまで似たもの、ね」

 

「もっと複雑なものだった。反射されたX線を角度と波長で分析すれば、かなり詳しいことがわかる。人類はまだそこまで検出器の制度と情報処理が追いついていないように見える」

 

「かなり条件揃えてやるのがデフォルトだからな、その場観察みたいなものはあまり主流じゃなくてね」

 

破壊工学の観点からとかだと橋とか建物みたいな構造物の調査にハンディサイズのX線分析装置を使うみたいな話をどこかで聞いたことがある。そういうことを直接やる授業を履修していた記憶はないからどこかの講義で教授が与太話をしていたのだろう。ああいうのって話半分に聞いておかないといけないんですよね。人間の語ることを信用してはいけない。

 

「……しかし、私が知らない分析手法がこちらの世界には少ない」

 

「俺からすれば四辻さんの知識にある分析手法でまだこっちにないけれどもすぐできるものがないってほうが残念だな」

 

「改良や効率化の方向はいくつかあるけれども、それを利用できる用途がまだ存在しない」

 

「ドライアイスとアルコールで作る寒剤で使えるような超伝導体にしか適用できない純度確認の方法とかな……」

 

説明が面倒な物理法則で動く手法なのであるが、それを生み出すためにはまずは現代の常圧超伝導の記録を塗り替える必要があります。ひどい話だ。

 

四辻さんのそういう知識は、微妙に使いにくいものばかりだ。とはいえ、これは仕方のないことだろう。例えば高校の化学の教科書に乗っている合成手法の多くは産業規模を前提としていないものだったり、あるいは広く実用化されているせいでそれを無から作るには難しすぎるものが多い。

 

体系の土台になるように知識を圧縮して、先端に向けて情報を研ぎ澄ませていくと、どうしても根元の部分は大雑把で荒い様子になってしまう。一般化された方法というのは、具体的な場面では使いにくいことが多いのだ。

 

「……早くスクロールをして」

 

「自分の方の端末で見ればいいだろ」

 

この部屋にはコンピューターが何台もある。二つはインターネットに繋がったもの、一つはローカルの計算用、一つはBIFRONSと直結しているもので、一つはゲーム用だ。ゲーム用というか普通のソフトウェアとかを色々と詰め込んで基本的にインターネットからは切り離しているし、BIFRONSにも触らせないようにしているやつというか。

 

「面倒」

 

「コストを考えろよ、俺の読む速度は遅いんだぞ?」

 

ともかく俺はマウスホイールを転がしていく。色々と電子配置とかの分析があって、それが超伝導体の可能性を示唆しているみたいな話が出てくる。ゴールがわかっていれば、それを確認するのは難しいことではない。

 

ただ、問題はこれからだ。高圧で、かつ条件が揃ったときにだけ生まれる電子状態を、常温常圧に持っていく必要がある。それは純粋な鉄に炭素を混ぜることで、柔らかい単体から強靭な合金に帰るような作業だ。冶金学に近いところがあるかもしれない。

 

「かなりいい方向へ向かっているけれども、いくつか問題がありそう」

 

「具体的には?」

 

「このままだと高圧での探索に終わってしまいかねない。それを常圧で実現するという発想に結びつけることをしないと」

 

「……難しいんじゃないか?」

 

高圧常温超伝導体はいくつか知られているが、それはあくまで物理学的な興味から研究されているものだ。予算申請にはこれを極めれば超伝導体のメカニズムをより深く理解して改良ができるとかなんとか書かれてはいるが、前世紀から銅酸化物が高温超伝導体扱いされているのだ。ここで言う高温というのは、液体窒素程度の温度まで冷ませば超伝導体になるという意味である。

 

「……そこの誘導をしないと、この研究の方向はうまく行かない」

 

「ちょっと須藤さんに相談してみるか、国内にこの手の施設があるのかな……」

 

そう言いながら、俺は今の状況をまとめるべくBIFRONS用の端末に移ってキーボードを叩いた。

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