超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ファーストムーバー・ディスアドバンテージ 5

ここは青森県六ケ所町、日本のエネルギー分野を支える一大拠点である。とはいえここで研究されている諸々のエネルギーの中で一番成功しているのはやませを利用した風力発電というのが悲しいところだ。

 

そこにあるものものしい新動力科学技術研究開発事業団の六ヶ所技術開発研究所は、端的に言ってしまえば我が国の核兵器保有のために膨大な金額を注ぎ込まれた施設である。不祥事とか事故とかを乗り越えてなんとか再処理工場が稼働してはいるが、まだ実験運用段階ということになっている。ここ十年ずっとそうだ。

 

というわけで俺達はそこでやるシンポジウムと見学会に行くことになったのだ。もちろん須藤さんとの待ち合わせもあるのだが、それよりも秘密の施設の中を見に行けるのは楽しいことです。いや、俺達が普段過ごしている空間がそもそもそういうものだと言われるときらめきがなくなってしまうんだけれども。

 

「写真撮影が禁止されているって書いてあるけどさ」

 

俺はガラス窓から下の装置達を見ながら言う。

 

「うん」

 

四辻さんも見ている。

 

「全部覚えることができる人がいるならあまり意味ないんじゃないのか?」

 

「そういう人はここの写真を必要としないし、ここの見学も許されないのでは」

 

「許されないって、誰が許さないんだ?ここ?それともそういう人の雇用主?」

 

「どちらも」

 

そんな無駄な会話をしながら、案内の人についていく。この人はお腹周りがちょっときつそうだがよれているわけではないスーツを着ているところを見るに、いつもは私服なのだろう。こういうときのためにお仕事として正装しなければならないのは勤め人の辛いところだと思う。いつか俺達もこういう事をする日が来るのだろうか。

 

見学が終わると、ぬっとどこからか須藤さんが現れて俺達を会議室に閉じ込める。こういう部屋って勝手に借りられるものなのだろうか。

 

「もう話していいですか?」

 

隣の四辻さんを見ながら言う。見学の興奮が俺には残っているが、四辻さんはすぐに切り替えている。緊張がないけれども弛緩しきっているというわけでもない、軽い注意をはらいながらも敵意がない表情だ。

 

最近は四辻さんを観察していることが多いのでBIFRONSなしに感情を読みやすくなった。ただ、四辻さんにとっては相手が意識的に、あるいは無意識に読み取ることを前提としているものだからそれを読めたところであまり嬉しくないのが難しいところである。

 

「ああ」

 

須藤さんが返す。

 

「超伝導体のほう、結構いい方向なんですが一歩間違えると袋小路に入りそうなんですよね。どうにかなりませんか?」

 

「容易ではない」

 

「でしょうねぇ」

 

俺は須藤さんに同情しながら言う。ここまですぐに返せたということは、須藤さんも認識はしているのだろう。問題を把握することは解決の第一歩であるが、解決ではないことには注意が必要である。

 

「実際の研究者にその方法はうまく行きませんよ、と言えるのは同等の研究者でも難しい」

 

「特に大物だと、ですか?」

 

「ああ。例の水素化バナジウムの論文が書かれた経緯を私も完全に理解しているわけではないが、間接的に影響を与えていることは事実だ」

 

「具体的にはどうやって?」

 

「海外との共同研究が多く、向こうのほうで知られているような人に予算審査のフィードバックを通して、な」

 

「口の軽い研究者に噂を流した、と」

 

「解釈の問題とするには少し悪意があるな。その人物は科学の発展をきちんと考えている人物だ」

 

「なんと高潔な」

 

俺は少し驚いたように言ったが、眉をひそめた須藤さんに睨まれたのでやめる。うん、少しやりすぎた。トーンの調整というのは俺にはかなり難しい。

 

「……四辻さんに任せたほうがいいですか?」

 

「いや、君が管理するべきだ。我々は彼女をあくまで特別扱いしたい」

 

これは俺への踏み絵みたいなものもあるんだろうな。政府とか官僚とか一般世界側に俺を留めておかないと、四辻さんというかアセット42の管理が難しくなる。ミイラ取りがミイラになっては困るのだ。

 

「わかりましたよ。ところで俺がこの仕事を辞められる日は来るんですか?」

 

「代替人員の目処はない。できれば業務を持続的に実行できるようにしてほしい」

 

「わかりました」

 

「ところで、本題は?」

 

落ち着いたところを見計らって四辻さんが口を挟んでくれる。

 

「そうだったな。科研金の匿名審査員の一人に話を通してはいるが、その一人で触れる分野には限界があるしあまりやりすぎても不正になる」

 

「難しいところですね……」

 

科研金、正式名称は科学研究奨励交付金。競争的研究費の中でいちばん有名なものだろう。あらゆる科学分野に出される資金であり、これがなくなると研究できなくなるような大学教員は珍しいものではないとか。

 

そういう人たちに多少誘導を交えたフィードバックを通して世界を動かす、というのは悪いものではないように思える。ただ、それはかなりまずいとも言える。ある特定の分野に注目することは、それ以外の可能性を減らすことだ。四辻さんが持っている技術発展のロードマップは決して解像度が高いものではないことを考えると、できるだけ世界に余力を残しておきたい。

 

「匿名の論文もかなりリスクが大きいからな」

 

「最初のやつ、どれだけアクセスがあったんですか?」

 

「徐々に増えてきている。起こした火花が燃えやすいものに飛んで燻っている段階だと言っていいだろう」

 

「ある程度燃え上がってきたら風を入れる、というのは行政側でできますか?」

 

「準備中だが、うまくやる。専用のファンドについても、数年以内に通産省側で作ることを大蔵省に通す予定だ」

 

準備に根回しと大変なことである。ただ、そういうことをすることによって証拠が残るというのもわかる。後から調べた時に書類があれば、それが正しかったことになるのだ。かつて書記長という記録を管理する担当者の役職が最高権力者の肩書として使われたのもむべなるかな、というやつだ。

 

「わかりました」

 

こういう対面での確認はいいものだ、と思う。確かに俺はコミュニケーションが苦手だが、こういう形で相手の意見を聞くとテキストチャットではできていない量の意思がやり取りされているというのを感じる。ある程度は考えるより先に把握できるようになったが、それでも意図的に読み取って理解しているものは多い。

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