超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ファーストムーバー・ディスアドバンテージ 6

「ところで、今後ここって規模が小さくなるんでしょうか?」

 

俺は会議室の中で、向かいに座る須藤さんに尋ねる。

 

「予算配分がどうなるかについては、私がそこまで関わることのできる範囲ではない」

 

「助言をできる立場なのでは?」

 

須藤さんの経歴を見れば、ここ六ケ所町とは縁が深い人だろう。ここでいちばん有名な施設は、使用済み核燃料からプルトニウムを抽出するためのものだ。各種の化学薬品と複雑な配管を通って分離されたプルトニウムはウランと混ぜられて混合酸化物燃料となるのだ。つまり使い終わった燃料から燃料を作ることができる素晴らしい技術である。

 

ただ、この技術を有している国は世界でも数えるほどしかない。溶融塩再処理とかに手を出しているところもあるが、我が国は信頼と実績ある湿式の処理を行っている。どうしてプルトニウムがそんなに欲しいんですかね。使い道なんて核燃料と電池と、あと爆縮式の核兵器とかぐらいしかないのに。

 

「私が許されているのは、必要な時に必要な人材と機材が揃っているような体制の維持だ」

 

「……保てているんですか?」

 

「相当にここ数十年苦労されてきたんだ」

 

彼の人生をかけた仕事だったのだろう。それを途中で止めて、いきなりやってきた少女のためにそのリソースを全部使う。それは屈辱であるとか、あるいは無力感とか、そういうものと繋がりかねないものだと思う。

 

俺はそこまで失敗とか挫折とかを経験したことがない。入試については基本的には高校も大学も安全圏だったし、内部進学だったから院試も形だけのものだった。だから、人生を懸けたものなんてない。そこまでして黒寄りの灰色を歩く覚悟もない。

 

「……私のことを、恨んでいますか?」

 

四辻さんが言う。

 

「ああ、率直に言えば、私の感情はあなたの存在に怒りと憎しみを覚えている。ただ、それは災害であったり、あるいは変えられないシステムに対するようなそれと同じだ。現象としてのあなたの来訪にやるせなさを感じることはあれ、個人としてのあなたにそれが及ばないように注意を払うつもりでいる」

 

「限界がありませんか?」

 

四辻さんは率直に尋ねてくるな。ただ、俺が似たようなことを言うときよりも須藤さんの表情にはストレスの兆候が見られない。やっぱり若い女性は悪意を持っているとみなされにくいのかとかいう面倒な思想に走る前に、まずは自分が相手を苛立たせるような発言を平気でしてしまう人間だという事実を直視しよう。

 

「ああ、人間である以上心理的な、あるいは肉体的な問題は存在する。両方ともある程度鍛えているつもりだし、検診を怠っているつもりはないが、もしそちらのほうで感じるものがあれば遠慮なく指摘してくれ」

 

「そのような情報共有を円滑にする体制構築への協力については、感謝しています」

 

「それ以外は感謝される筋合いがないからな」

 

少し柔らかい表情をして須藤さんが言う。

 

「さて、二人についての話はこちらでも確認しているが、君たちと同じ程度に怪しい人は何人か用意している。彼らには囮になってもらっているわけだが、対価はもちろん払っている」

 

「今のところ喰い付いた人は?」

 

俺が聞くと、須藤さんは首を振った。

 

「米国と欧州の繋がりを活性化させているわけではないからあくまで受動的な分析に過ぎないが、政策決定のところにまでは届いていないようだ」

 

「アンテナが伸びていないのでしょうか?」

 

「いや、そもそも下の方で起こった現象が上の方に届かないことすら珍しくはないのだ。だからこそ管理職というのは相応の給与を支払われるのだよ」

 

何をやっているかわからない部下の責任を自分が負わなくてはならないのだ。管理しきれるわけでもなく、上がってくる報告や連絡や相談が信頼できるかどうかもわからない。ゲーム理論とかだと色々面白い考察とかされていそうだよな。上司を騙したほうが効率がいい場面が最適解にならないようにするとかありそうだ。たぶんある。俺が無知なだけ。

 

「……逆に言えば、まだ動いていないこと自体が、アセット42が気がつかれていない証拠とは言えませんか?」

 

「そこまで強く言うのは難しいな。秘密裏に調査をしているが、その意見が上の方に届かないような可能性もある」

 

「そう、ですか」

 

「事実、私の動きは最近監視が多くなっていると内閣情報局から言われている」

 

冷戦時代に世論を押し切って成立した、戦前の響きを持った組織。とはいえ他国に比べればそこまで強いわけではないというのが一般的な認識のはずだ。米蘇が強すぎたところはある。

 

「それは、いまのあまりよろしくない外交情勢とか、あるいは須藤さんが動きすぎているとか、そいうあたりですか?」

 

「だろうな。六ケ所町に直接来るのも二年ぶりになる。内部がわからない人から見れば強化に見えるんだろうが、やろうとしていることは計画の解体に近い。おかげで今後の査察では素直になれると担当者は言っていたがな」

 

当然ながら、我が国が核兵器の事実上の保有国であるというのは国際的な常識だし、それを危惧して定期的にIAEAがやってきている。研究所の入口のところにIAEAの査察官たちと一緒に写真撮っているやつがあったからな。ちゃんと監査しているのだろうか。

 

「ここには須藤さんの知り合いが多いのですか?」

 

「ああ、先輩や同期や後輩がここには大勢いる。逆に言えば、私が卒業した研究室を出るとあまり進路の選択肢がないということでもあるが」

 

「……事故とかのせいで、そもそも人気がなくなりましたからね。あの分野」

 

かつての震災は、我が国のエネルギー政策を十数年足踏みさせたとも聞く。もちろん被害は軽視できるものでもないし、多くの人生が狂わされたのだが、それでも被害は小さかったと言っていいだろう。放射能汚染による死者は、統計的に見てもなかったのだ。ウクライーナのほうとはそもそも対応からして違ったのである。

 

難しい問題だとは思う。原子力が悪魔の技術だとか言う人は単純に大変だろうなと同情すら覚えるが、別に綺麗というほどでもないだろう。インターネットとか、電子レンジとか、そういうのと同じぐらいには血の滲んだ技術だ。俺の個人的意見としては自動車並に便利だが、自動車よりは人を殺していないので原子力はまあ悪くない技術だと思う。

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