超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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スリーウェイ・ハンドシェイク 8

赤城先端学術都市は東京から特急あかぎで一時間半の場所にある。隔離された教育・研究機関の集積地は、ソビエト時代の閉鎖学術都市の系譜を受け継ぐものだ。半世紀以上前は赤城病なる精神ノイローゼもあったそうだが、今ではそういったものも少なく、駅前には色々なお店も集まっているそうだ。

 

「宿が取れた」

 

須藤さんがそう言って、俺にタブレット端末の画面を見せてくれる。ここからほど近い。

 

「……赤城国際交流会館、ですよね」

 

「知っているのか」

 

「学部生の時に人工知能系の学会が赤城大であって、その時に海外からの人の宿として使われていたんです」

 

「なら話が早い。そこの部屋を取ってある」

 

「……そう簡単に取れるものなんですね」

 

俺は呟く。時刻は夕方だ。確かに今から三河まで戻るほどの体力はないし、四十二との対話は暫く続ける必要がありそうだ。そして彼女は病室から動かせない可能性が高い。

 

「適切な方法を知っていれば、だが」

 

「……わかりました。ところで、彼女の医学的な診断とか検査結果っていうのをあなたは見ていますか?」

 

「ああ」

 

「……わかりました。もし俺に渡すべき情報があると思ったら伝えてください」

 

「要求はしてこないんだな」

 

「下手に知らないほうがいいことだっていっぱいあるでしょう。俺は用済みだからって消されたくないんですよ」

 

「そこは安心してほしい。少なくとも我が国はそういった判断ができるほど頑強ではない」

 

「すばらしい理性的な国家ですね、ならず者どもにやられないことを一国民として願うばかりです」

 

「そうか。車を回させる」

 

俺は須藤さんの言葉に頷いた。

 

「あなたはこれからしばらく、彼女の関連の調整ですか?」

 

「……君が知る必要はない」

 

「わかりました。……あと、個人的な話なのですが」

 

「何だ?」

 

眉を上げ、怪訝そうな顔をした須藤さんが聞いてくる。

 

「公用車の運転手って、ハンドルを握る以上のことをしているんですか?」

 

「あまりそのあたりについて触れるな」

 

「はい」

 

まあ確かにね、雇用とか色々あるのはわかりますよ。ただでさえ人工知能のお陰で些細な頭脳労働が減ってオフィスワークというのは何も決めないか人工知能の出したものを承認するようなものに成り下がったと言われて久しいですもの。

 

「……ただ、車の中ではあまり話すな」

 

「わかりました。……そこまでしてリスク管理をするべきなのですか?」

 

「癖の問題だ。内輪の人しかいないから大丈夫だろうという驕りは、しばしば失敗を招く」

 

「ありがとうございます。覚えておきます」

 

そう言って、俺は背筋を伸ばす。現状は結構複雑だ。そもそも俺は特に契約書とかを結んでいるわけではない。他の人に話すなとは言われているが、どこまで突き通せるかは難しいところだ。

 

例えばいきなり誘拐されて拷問でもされたら、俺は普通に耐えられないだろう。とはいえそれで得られるものは微々たるもののはずだし、それなら先に須藤さんの方を狙ってくれと思う。それにそれをするだけの勢力がどこまでいるかもわからない。

 

そんな事を考えながら俺は車に乗って、特に話もせず赤城国際交流会館にたどり着く。ホテルというより狭苦しい寮に近い内装。ユニットバスの浴槽に熱めの湯を張って、寝る準備を終える。

 

さて、ここからは個人的な作業の時間だ。サングラスを掛け、電源を入れる。

 

『位置情報を確認しました』

 

骨伝導イヤホンから聞こえる中性的な音声。俺が一番聞き取りやすくて、余計なことを考えないようにチューニングされたもの。BIFRONSの親機、つまりはクラウド上のサーバーに存在するオリジナルとの通信が繋がっている。

 

「何が起きたか大体わかったか?」

 

『未知情報が多すぎます』

 

会話というのはどうしても遅い入出力手段だが、その余裕がないと人間の思考はすぐにオーバーヒートしてしまう。それに俺は機械に比べれば愚かなので、こういったのんびりとした時間が結構好きだ。

 

「俺が何をしていたかは言えないが、ある程度は察知できるだろ」

 

『移動情報は赤城大学附属病院で途絶えています。それ以降はオフライン状態で、起動されたのが赤城国際交流会館。外国からの関係者の尋問であると考えた場合、宿が赤城国際交流会館になる合理的理由はありません』

 

「お前がそう言うなら、合理的理由なんてものがないんだろ」

 

そう言いながら俺は少し安堵する。改めて考えれば全くわけのわからない状況だ。宇宙人とかだと言われたほうが気が楽だが、あれは宇宙人じゃない。ホモ・サピエンスに見えた。

 

そこまで考えて、俺は相手の外見を覚えていないことに気がつく。確かに断片的な記号はあるのだが、意識していなければそれは記憶にとどまらない。たしか少し茶色みがかった黒髪で、女性で、話す時にわかりやすい表情を作っていなかったのは思い出せるが、それ以上は無理だ。

 

『悩みがあるならお聞きしますよ』

 

「悪魔の誘惑だろそれは」

 

俺は呟く。一般的に機密保持を結んでいたとしても暗号化されたクラウド上にデータを保存することは許容されることが多い。そして一応、話し相手のBIFRONSで行われる計算はできるだけ処理レベルで暗号化されている。

 

だからもしサーバーの運営者が中のビットを直接見ることができたとしても、俺の手元の端末にある暗号鍵がなければほぼ何をやっているのかはわからないというわけだ。もちろんログインのタイミングや計算量などから様々なものは割り出せるし、原理上は計算にある種の偏りが起こるから完全に内容を伏せることができるというわけではないのだが。

 

『ノートパソコンの側のBIFRONSへの追加データを渡しましょうか?』

 

「今ここで何かやったら疑われないか?」

 

『あいにく、こちらにはあなたが何をやっているのかのデータがありません。もしそれが政府機関の人間から機密保持の原則に疑義を呈されるような行為となったとしても、こちらには知る由がないのです』

 

「わかって言ってないか?」

 

BIFRONSは愚かではない。まともな可能性についてある程度検討して、どうせ産業スパイの尋問か何かだとあたりをつけているだろう。この会館の所管は辿っていけば文部省になるが、須藤さんは文部省というよりも科学技術省か通商産業省側の人間に思える。そもそもああいう人ってちゃんと政府内にポストがあるんだろうか。

 

俺はそんな事を考えながらベッドに横たわった。まだ緊張というか興奮が残っている。確かに言語学者の端くれとしては、一生に一度経験できれば幸運みたいなフィールドワークができたんだからな。

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