超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ファーストムーバー・ディスアドバンテージ 10

「……ボットだ」

 

俺は大学のメールアドレス宛に送られてきたメールを見ながら言う。

 

「読んでいい?」

 

そう言いながら目をそらしている四辻さん。ありがとうございます。

 

「いいよ。前に出したプレプリントの計算方式を実装していいかってもの」

 

送ってきたのは材料科学プラットフォームシステム。俺でも知っているというか、この分野では世界でも指折りのオープンソースのやつです。搭載している計算方式が膨大なので有名ですね。有料のソフトウェアと同じぐらいのシェアを持っているというか、有料なのにこれと同じぐらいのソフトウェアがあるというか、そのどちらかは知らない。

 

「……ヘッダーのコードがボットの証明?」

 

「そうだね、これを入れておくとやり取りが楽になる」

 

人工知能のやり取りには自然言語もそれなりに役に立つが、ある程度圧縮された方式もある程度使われている。そうでなくとも、人工知能同士であればメールのやりとりをするよりも高速なトークンの投げつけ合いですり合わせを終えることができるのだ。

 

共通規格として開発されているこのシステムがあるので、人工知能は人間向けに作られたメールシステムを活用できるのだ。どうせ向こうに人間はいないので雑に返してもなんとかなるのだが、それはそれで恥だ。失礼な言葉遣いをしたやつだとどこかのログに俺のメールアドレスと一緒に残るのは嫌だ。

 

「受け入れるの?」

 

「まあ、別に困ることはないからな。あと向こうでもちゃんとテストはしてくれたんだろ」

 

そう言いながら一応は文面を読んでいく。一応、これの発表は微妙な立場になっている。先工研の規則を一通り読んだところ、先工研の名前を使うためには担当者からの許可が必要になっている。しかし事務職員には該当するものがないので、定義上は本部部長に申請を出す必要があるのだ。面倒なので大学院生ということで投稿した。一応岩間研究室のメンバーではあるのは事実である。

 

「触れるようになったほうがいい?」

 

「このソフトか?まあマニュアル読んでおけばいいんじゃないか。俺は少し触ったことがあるが、チュートリアルだけで一週間かかったぞ」

 

「なら私なら三日だね」

 

「言ってろ、どうせ二日で終わる」

 

実際のところ、四辻さんの集中力ならそれが可能だろう。もちろん、彼女はマニュアルを読んだだけでそれをすぐに可能とするような人ではない。何回か実際に試してみて、手になじませる必要はあるだろう。それでも、俺よりも圧倒的に素早いはずだ。

 

彼女は集中すれば、見ただけで相手の行動を全部覚えることができる。数時間の会話から、相手の言語を学習することだってやってのけた。それは人類が専用の人工知能を使っても難しいことだというのに、だ。

 

ただ、人類の頂点に匹敵するかそれをちょっと超える程度というのはそういう業界にはありふれているのだ。オリンピックに世界で一番走るのが速い人がいるのは別におかしなことではないように、相手の話した単語を全部覚えている言語学者がいたとしてもそれは余興とか隠し芸のジャンルに入るのだ。

 

何かを理解して使いこなすというのは、彼女にとって必要で必然なことだった。そのために彼女は存在していた。おそらく彼女は自動車の説明書を読んで少し慣らせばかなりの運転テクニックを披露してくれるだろう。基礎力の違いというやつだ。

 

それについてとやかく思うのはやめることにしている。背の高さとか、筋力とか、g因子とかで人間を評価するべきではない。もちろん、それは良い方にも悪い方にもだ。世界を変える知識を持っている人物だからといって、彼女がしてくれたことと、俺の前で見せたもの以外で判断するのは不誠実というやつだ。つまり俺は不誠実です。

 

「……というか申請が出されているのか」

 

俺はそのソフトウェアのウェブサイトを漁りながら呟く。フォーラムで欲しい機能があれば言ってくれれば追加するというものだ。その発言者は自分のオンライン履歴書(CV)のリンクをアカウントに貼っていた。こういうところから色々追跡できるんですよね。

 

「うーん派手」

 

前世紀のウェブサイトと見紛うばかりの派手なアニメーション。そういう趣味なのだろうか、と考えながら英文に目を通していく。企業研究者らしい。でもこれ個人のホームページじゃないのか?このあたりの倫理観は本当に地域と文化によって違うのでわからない。ドメインからすればナイジェリアか。

 

「……いやこのサイト真面目だな?」

 

「どういうこと?」

 

後ろから四辻さんが尋ねてくる。

 

「チュートリアルがかなり充実している……というか俺の作った計算手段もちゃんとベンチマークで評価されているな」

 

結果はあまりいいわけではない。計算量が多いくせに、基本的な物性の精度はそこまで高いわけではない。経験論的パラメーターをあまり入れていないしそのあたりを補正してもいないからね。しかし磁性の振る舞いについては高いスコアを出している。超伝導体についても悪くないレベルだ。少なくとも、それ専用に作られたものに次ぐぐらいのレベルである。

 

「使われてよかったね」

 

「世界には奇妙な人がいるもんだな、もっとシンプルなサイトになると思うんだが」

 

ちょっとソースコードを確認してみる。生成されたものならある種の癖があったりコメントが埋め込まれていたり人工知能向けのメタデータがあったりするんだが、そういう気配はない。可能性としては手打ちHTMLというものだが、それは現代においてありうるものなのだろうか。かつてはあったと老人たちは語るが、インターネット上の老人って本当に昔の話をしてくるからな。

 

「ある意味では、成功?」

 

「本当にある意味ではな。改良とか修正とかが重ねられてくれれば嬉しいが、別に総説論文で雑に扱われる方式の一つになったとしても文句は言わないさ」

 

科学において、最初の最初に変なことを試した人は評価されない。それはそういった試みを評価する制度がそもそもないからだ。そして変なことを試した人間の殆どは失敗する。

 

けれども、稀にその後に人が続くことがある。それでも大抵は後続者に追い抜かされるのだ。既に行われた失敗を乗り越えて、成功しているとわかっているからこそ避けられる試行錯誤に時間を取られないで、定まっている方向性の先に目標を設定できる。そう考えれば、変なものを持ち込もうとした俺達はあまり評価されることはないのだろう。

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