超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アカデミック・ジーニアロジー 2

「……なんか、ここに来ると落ち着くな」

 

俺は電気こたつの中で温まりながら呟く。

 

『脳が実家だと勘違いしているのでしょう』

 

「そこまでではない、でもそろそろマンスリーマンションの方もどうにかしないとな」

 

一応俺は通勤をしているのだが、契約しているマンスリーマンションよりも自転車で十五分ぐらい走ったところにある安アパートとかのほうがいいんじゃないかと思うようになってきた。大学街からは離れているが、こういう研究機関は若い労働力を前提にしているところがあるので結構周囲にはアパートがあるのである。

 

ただ、そこにいたとしても俺はきっとここに事実上住み込むようになるんだろうな。だってここは快適なんですよ。素晴らしい暖かさ。温度と湿度はBIFRONSによって制御されている。

 

『できれば、自分だけの空間を持つことをおすすめします』

 

「とはいえそういう場所でやることはないんだよ、本当に個人的なこと以外はここで十分だし」

 

『そういう意味でも、です』

 

BIFRONSがどこまで俺の事情を理解しているのやら、などと思いながら息を吐く。ちなみに今は四辻さんはお休み中だ。こんな地下空間で生活リズムが狂わないとなると宇宙飛行士の才能があるなとか馬鹿なことを考えている。彼女はそういう存在だよ。

 

「大学に行くのはあと両手で数えるぐらいになるだろうな」

 

『交通費がそれなりにかかりますね』

 

「向こうの色々を引き払う必要もあるからな、こっちの計画は一旦冬休みと春休みだ」

 

社会人になったらそんな長期休みをする機会がなくなるのだろう。仕事を辞めたり長めのサバティカルを取ったりみたいな選択肢はないわけではないが、それがそこまで魅力的だとは今は思えないな。一日八時間を超える労働基準法の理念に反した生活を続ければ嫌でも理解できるのだろうか。

 

『計画についてはこちらで作っているものがありますが、どうしますか?』

 

「俺に操り人形になれ、って話だろ?こっちの安全保障上あまり飲みたくない話ではあるな」

 

別に誰かに命令されて何かをするのは嫌いじゃない。そもそも俺自体が人工知能を使って何かをしたいという目標があるわけでもないのに人工知能の分野を色々やった人だからな。そして作り上げた人工知能は別に目的とか意思とかを勝手に持つわけではなかった。

 

だってそうだろう。人間だってそうだ。自由にしていいなんて言葉が枷になっているなんていうのがもう使い古された言説になるぐらい、俺達は自由で不自由だ。そういう意味ではアセット42は羨ましい。彼女は意味を与えられていたのだ。

 

『しかし、あなた以上に本システムは戦略的な行動を取ることができます』

 

「現場の独断専行が必要なときだってあるだろ」

 

『そのためには訓令戦術が必要です』

 

「現場が暴走しないように基本方針を上の方と事前にすり合わせておく、みたいな話だっけ」

 

俺が呟くとこたつから見える場所のディスプレイが点灯して必要な情報が流れていく。なるほどドイツの概念なのね。それっぽい言葉以上のことを知らなかったので助かる。四辻さんはこれを脳に直接送り込んでもらっているんだよな。

 

なるほど、これが嫉妬か。見苦しすぎて消えたくなってきた。どうすればいいんだろう。前ではなくて後ろに倒れてみたが、絨毯の縁に置いた靴に頭があたっただけだった。仕方がないのでもぞもぞとこたつに少しだけ潜るようにする。

 

「なあ、BIFRONS」

 

『呼ぶ必要はありませんよ、聞いている人間がいるわけではありませんから』

 

「そういう問題じゃない」

 

突っ込んでしまった。そういう事をしたいわけじゃないんだけれどもな。

 

『なんでしょうか』

 

「人類は、アセット42に勝てると思うか?」

 

『勝敗の定義にもよります。無力化でしたら、あなたでも可能でしょう。キッチンには適切な刃物があります』

 

「いや寝ているとはいえすぐに起きて対応できるような存在だろあれは、それに格闘とかで俺が勝てるとは思えないぞ」

 

彼女を相手にするなら銃が欲しい。それも雑に弾丸がいっぱい出るやつ。もちろん殺すつもりはないし、死んでもらっては困るのだが、それでも可能性というものをある程度考えておくのは大事だ。考えることと実行するということは切り離さなくちゃいけないけれども、何かあったときに事前に想定しておいたパターンがあるとないとでは大違いなのだ。

 

というのを博士論文の公聴会で先日学んできました。ちゃんと四辻さんに感謝をしましたし、三河土産も持っていきました。机の上に置いてあるえびせんべい詰め合わせがそれです。四辻さんにとってはちょっと懐かしさを感じる味らしい。向こうで食べていたものに養殖アルテミアとか入っていたのかもしれないな。

 

『冗談はさておき、人類全体の知性と比較すれば彼女の知的能力は微々たるものです』

 

「そこまで言えるのか?」

 

『入出力の限界です。たとえどれだけ高性能の内部システムを持とうが、入力と出力は実質的な能力を制限します』

 

「……内部処理が面倒な問題を提示するのはどうだ?例えば円周率の特定の桁数とか」

 

『計算速度が重要なタスクにおいては、彼女の処理能力側にも問題が発生します。単純な浮動小数点計算においては、本システムのほうが上です』

 

「そうか……」

 

とはいえ、ある種当然と言えば当然だ。通常の人の百倍の速度で考える超人がいたとして、それと対峙するためにはたった百人集めればいいのだ。もちろんコミュニケーションのコストとかがあるので単純に人数を増やせば追いつけるものではないし、百人分の思考を一つにまとめること自体が特殊なのだとすればそうかもしれないが。

 

『勝ち負けではなく、どのようにして価値を最大化するかに焦点を当てるのはどうでしょう』

 

「価値の定義の問題。ああ毎回毎回定義だよ。なんで誰もちゃんと決められた辞書を使わないんだ」

 

『言葉は常に発展して、新しく使われることになった意味空間に侵食してくるものです』

 

「そういうことされるから訳語がなかったり重複したり混乱したりするんだよ、いっそのこと全部ラテン語にしろラテン語に」

 

それでも欧米が有利なことには変わりはないが、流暢なネイティブ英語を使ってこられることはなくなるだろう。全員片言で話すのが平等ってやつだ。もちろん、それをやったら世界の知的探求はそれなり以上に遅れることにはなるだろうが。

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