超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アカデミック・ジーニアロジー 3

「文化を感じる」

 

そう言いながら、四辻さんはそばを啜る。俺の育った中京圏は東西の食の文化が混在する場所なのだが、俺はよくわからず先月にスーパーで買っておいたそばとめんつゆで適当にかきたまそばを作った。

 

「去年は色々と忙しくてここまでできなかったからな」

 

俺はちょっと失敗して火が通りすぎたたんぱく質の円盤を箸で切りながら言う。

 

「社会交流をあまりしていないから一年の感覚が薄いけれども、古瀬さんはどう?」

 

「ここ最近知識を詰め込んでいるから時間感覚が狂って仕方がない」

 

俺がやっているのは、厳密には理解ではないのだろう。入力と出力を対応させるように脳神経を構築する作業と言ったほうがいい。パターンを繋げて、本当にきちんとした理解よりも低コストで、同じような入出力をできるようにする行為だ。もちろん、学習した範囲の内挿ならある程度対応できますが外挿となると一気に推論の精度が低下します。

 

「私よりも勉強しているように思える」

 

「そっちは見るもの全てが学ぶ対象だろ」

 

「そうでもない、今は去年よりも効率的に世界を分析できている」

 

「……まあ、文章の質は上がっているよな」

 

俺と四辻さんは一年かけて片っ端から知識を言語化していった。これらのファイルのうち一つでも適切な第三者の手に渡れば、それなりの富と栄誉を得ることができるだろう。逆に言えば、それぐらいまで頑張って噛み砕いたのだ。

 

ただ、だからといってそれが使い物になるというわけではない。俺達が示せるのはあくまで方向性と、あとは多少形になった純粋理論の分野とかである。計算とかの方面では資源が不足しているし、実験やら社会実装についてはてんで進んでいない。

 

「私がここまでのことを知っていたというのは、改めて形にしてみると驚きがある」

 

「そういうものかね、人間はかなりどうでもいいことを覚えているぞ」

 

「例えば?」

 

「……高校二年生のときに使った化学の教科書の章題を、今でも言える」

 

「なぜ?」

 

珍しく彼女が質問をしてくる。普通はまず理由を考えるのだが、今回は理由を考えたところでどうしようもないと判断したのだろう。正しい。

 

「いや、暇だったから授業中に教科書の暗記でもしようと思ってまずは目次を覚えたんだがそれで終わった」

 

「想像と同じぐらいどうでもいい理由だった」

 

「世の中の理由なんてそんなもんだよ、むしろ俺達が世界を変えようとしてやっているという理由のほうが例外的だ」

 

「根源的理由にまで行けば、大抵のものは偶然か事前にそうなる以外なかった、ということにはなるけれども」

 

「その類だろうな」

 

全く無意味な話だ。そんなことを語り合いながら俺は汁を飲む。七味は買い忘れたのでない。

 

「そういえば、この味がわかるようになってきた」

 

「アミノ酸以上のものが読み取れるか?」

 

「匂いに比べて舌の感覚が伸びないのがもどかしさがある」

 

「全然わからない感覚だ……」

 

普通の人間は嗅覚と味覚を同じように扱う。味覚はあまり精度が高くなくて、辛味とか渋みみたいなようなものを含めてさえ嗅覚がカバーする分子種には届かない。それでも、その組み合わせによってかなり受ける印象というものが変わるのだ。

 

四辻さんはそのあたりを鍛える必要のない環境にいたから育っていなかったものを、ある程度集中的に訓練していた。ただ、それはソムリエとかがやるものというよりももっと地道な、料理を丁寧に食べたり、自分で作ってメイラード反応の匂いを再現してみたりというものだ。

 

「基準となるものがないし、私はこの香りから想起できるような記憶も多いわけではない」

 

「見たものを検索できるんだったよな、これで」

 

そう言いながら俺は自分の後頭部を触る。

 

「検索という言い方がどこまで適切かはわからないし、私は私の感覚をあなたに伝えることはできない」

 

「俺がそれをつけていないから?」

 

「つけていても完全な同期は不可能だった。そもそも異なる成長過程を経た二つの肉体を同期させようというのが無理な話」

 

「脳も肉体なのか」

 

言われてみればそうだし、別に俺は二元論を信奉しているわけではないが、改めてそう言われると俺の価値観の中にはどうしても心なるものが実在してそれが人体を支配しているという感覚がある。それは脳科学的には否定されているだとか、ヒューリスティックな二元論としては悪くないんじゃないかとか、もっと複雑に分類するモデルもあるだとか、そういう話は一旦置いておこう。

 

「個人差が大きく、訓練によって鍛えることができて、不調を起こすことがある。筋肉や骨のような肉体の一部として考えたほうがいい」

 

「俺達はまだそこまで脳をいじくり回すことができていないんだよ」

 

「価値観を変えずにそのようなことをするのは難しいと思うから、ある意味では整合性があると思う」

 

「というよりそっちではどうやってそんな知識を身に着けたんだよ」

 

「……わからない」

 

四辻さんが言う。いや、もちろん悪く考えることはできる。かつて構造体、つまりは四辻さんが過ごしていた巨大な恒星周回計算装置を作り上げた知的系譜を過去方向に辿った先にいた人類みたいなものが、頭蓋骨を開けて色々入れたというのはありそうなことだ。我々だって比較的最近にそういう事やったし、人類に対する多大なる貢献扱いされていたわけだからな。

 

「それは、純粋に記録がないのか?」

 

「それもあるけれども、おそらく人類が人類に対してやったものではない」

 

「もっと高度な知性、か」

 

俺達が頼っているBIFRONSのようなものがもっと強化されて、知的生産が知的生産を加速するようになった先で生まれたもの。ただ、それらが何を目的としていたのかについては四辻さんもわからない。もちろん、俺もだ。

 

「天下り的に構成が与えられている、という言い方が一番適切」

 

「無から、あるいは発展的に導出できるようなものではないと?」

 

「特に神経の読み取りの部分は、私にも展開しきれない複雑な要素がある」

 

四辻さんのブレイン・マシン・インターフェイスは圧縮された形で様々な情報が入っている。だが、それは基本的な道具を使って構造体を補修するための知識が中心だ。具体的な道具の使い方の知識は箸をうまく扱うのには便利だが、完全に遅れた文明で彼女の知識を元に体系を起動するには荷が重い。

 

「ま、やれるところをやりますか」

 

そんな事を言いながら、俺は時計を見た。年が変わるまではあと数時間あった。

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