超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アカデミック・ジーニアロジー 4

「というわけでね、この子四辻ちゃんは私の弟子だから!」

 

そう言いながら、水城さんは四辻さんの背中を叩く。酔っているのかな。

 

今夜ここに集まっているのは人工知能開発の専門家の皆さまです。東京であったカンファレンスの参加者。そして、この分野で水城さんは中堅とみなされている。言語系の学会だと四十代は若手なのだが、こっちだと二十代が中堅である。まったく、新陳代謝が早い業界というのは羨ましいね。それに半分ぐらいの人がノンアルコールである。一応今日は俺も烏龍茶にしてある。

 

「水城さんに師事したつもりはないのですが……」

 

四辻さんの表情を読み取ると困惑、だと思う。あくまで普通の人のように振る舞っているのか、あるいは本当に混乱しているのか。ええ、たぶん構造体の方ではあまりなかったと思うのですがこちらの人類は脳機能を麻痺させるバイオエンジニアリングの産物を摂取してコミュニケーションもどきをするんです。諦めてね。

 

なお彼女の年齢はまだ十九歳、のはず。そろそろ二十歳かな。お酒が飲めるよ。なおパッチテストの結果彼女のアルコール耐性はそれなりにあるそうです。多分肝臓での代謝とかを上げているおまけだろうな。

 

「私のコードに修正投げてくれたでしょ?」

 

「単純な正負の問題です。結局はその後の学習過程でそのバイアスを打ち消すようになるので大きな問題はないかと」

 

「ちゃんとその説明も添えてくれる人は少ないんだよ、オープンソース開発って協力者が少なくてさぁ」

 

周囲の皆さんが頷いていらっしゃる。俺は正直そういうプラットフォームへの投稿を投げっぱなしにしているので、そこにあるのは人間だろうが人工知能が見つけてくれて、俺が頑張って作った四角い車輪を再発明せずに次はもう少し辺数の多いものを作ってくれみたいな祈りだと思う。

 

「はい」

 

「そのくらいにしておけ、水城」

 

俺はちょっと強めの言葉で言う。別に四辻さん側に嫌とか面倒とかそういう感情が湧く理由がなかったとしても、俺が不愉快になるのでやめてほしいのだ。

 

「……そう、だよね。ごめんなさい四辻さん。お詫びではありますが好きなだけ食べてください、私が奢ります」

 

「おいずるいぞ、奢るのは老人の特権だ」

 

「あんたまだ若手だろ、引っ込んでな」

 

水城さんの言葉に机を囲んでお酒を飲んでいた皆様が一斉に声を上げた。おお、醜い争いである。俺ですか?幹事の人にもうちゃんと封筒で二人分渡してありますとも。こういうところが君たちのような凡人と俺の違いなのだよ。

 

「しかし高卒で先工研に行くなんてすごいねぇ、学部時代からインターンやるなんて話は珍しくはなくなったけど」

 

「古瀬さんに色々と教えてもらっただけです。若輩者なので、ここではいっぱい学ばせてもらいます」

 

いつものふてぶてしい態度であったり、あるいは超越的な姿勢はどこへやら。俺よりも人間の擬態が上手じゃないか。そもそもこういうイベントで終わった後に飲みに行こうだなんて人がどのぐらい人間かは不明だがな。

 

日本有数の人工知能エンジニア。国際的な企業で働くアルゴリズムエンジニア。数学が得意な大学院生に、新進気鋭の開発者。彼らに比べれば俺達は末席である。ああ、四辻さんはたぶん追いつけるぐらいの力があるのでそちら側でお願いします。

 

というわけで俺は唐揚げを食べていく。いやこれザンギかな。違いがわかっていない。マヨネーズがついていれば唐揚げかもしれないな、などと考えつつ誰かがスルメを食べた時の七味マヨネーズが余っているのでつけてしまおう。というわけでこれは唐揚げだ。

 

「そろそろ計算量側の方が優勢になってくるのかね」

 

「原子力発電所の増設の話、あれは動くまで前は二十年弱かかっただろう。ああいうのをもう一度できるほどかね?」

 

「国家レベルで色々とやってはいるでしょう、原発の近くに誘致すればいいだけで」

 

そんな専門的な話がぽんぽん飛んでくるので、こういう場所は貴重だ。有識者会議とかでこのレベルの会話を聞くためにはいくらかかるかわかったものじゃない。

 

彼らにとっては世間話なのだろう。俺だってちょっとだけ見たようなニュースの話もある。だが、重要なのはこのあたりのコミュニティでどのニュースが話題になっているかということだ。それぞれの仕事と守秘義務がある分をある程度は割り引く必要がありますけど、それでも有意義だ。

 

「とするとなに、四辻さんはマルチモーダル型の汎用知性のほうがいいと?」

 

話していた男の人の声の中に四辻さんの名前が出たので反射的にそちらの方に視線を飛ばす。改めて考えてみると結構気持ち悪いな、俺は四辻さんの何なんだよ。

 

「基本的にデータ外の内容を取り込むことに困難があるのであれば、最初からできるだけ広い分野を入力として与えても良いと思います」

 

「どうやってそれらを統合して処理するかの問題がつきまとうけれどもな、やっぱりあちらを立てればこちらが立たずになるんだよ。(lobe)構造だってスケールの限界があるしさ」

 

「あー、案外なんとかなりますよ。重要なのは埋め込む時にちゃんと個別の構造を崩さないように疎結合を維持することで」

 

俺の得意分野なのでちょっと割り込む。これについてはまだ四辻さんに勝てるはずだ。

 

「おっ専門家だ、古瀬さんが説明してくれるぞ」

 

「えーではスライドを準備しますね、少々お待ちください」

 

鞄からタブレット端末を取り出し、BIFRONSと繋ぐ。基本的なスライドはあるが、詳しい部分についてはリアルタイムで生成してもらおう。小声で軽く指示を吹き込んでおく。

 

「今の問題は入力情報が過度に処理されるところにあるんですよ。フレーム問題を解決するためには常識が必要で、常識を思い出すためにはその対象をきちんと観察しなくちゃいけない」

 

俺の説明にみなさんが頷いてくれる。一応俺はオープンソースの開発者としては名前が知られていてもこの業界全体に名を轟かすほどではありませんし、シンポジウムで発表する側になったこともありませんからね。そっち系の学会に話す側で出たのは修士の時が最後か。博士になってからはもっぱら言語学者っぽいことばっかりしていたからな。

 

俺の説明の中には、四辻さんが生み出した処理が入っている。それを俺が話す時には、既にある程度確立されたノウハウであるかのように言っている。そうすれば、ここにいる人が実装した時にはもうすでに一般常識になっているのだ。そうやって出どころを誤魔化していこうという魂胆なのである。

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