超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アカデミック・ジーニアロジー 5

俺は怒っていた。回線の向こうにいる無知蒙昧な知的存在を殴ってやらねば気がすまなかった。

 

『適度に身体を動かして一旦落ち着きましょう』

 

「はい」

 

人工知能の言いなりになって俺は画面に従って体操をする。かなり柔軟性が落ちているし、少し伸ばしただけで辛くなってきた。やっぱりジムとか行ったほうがいいのかな。身体は資本になるだろうからきちんと積み立てておきたい。そう考えると人工知能に支配された生活が一番いいのではないだろうか。

 

「楽しそうなことをしている」

 

「楽しくはあるが楽ではない」

 

隣にいつの間にか立っていた四辻さんも運動をしている。なんていうか一挙手一投足が軽やかである。肉体というマニュピレーターをきちんと整備しているのだろう。そのために設計されているんだなと思うような肉体である。

 

「そろそろ俺の論文の審査結果が出る」

 

「結果が出ると?」

 

「卒業して晴れて博士を名乗れる」

 

工学博士という肩書は、今は様々な分野で前提となってしまっている。別に工学でなくても理学でも構わないし、そもそも工学といってもかなり分野が広いので一概に言うことはできないが、それでも半世紀前に大卒という肩書が持っていた響きと同じようなものが、今の博士号になっている。

 

いや、俺は半世紀前に生きていたわけでもなければ当時の進学率の詳しい情報を持っているわけでもありませんが、それでもね。青田買いは加速し続けて今では企業が出す博士課程向け奨学金を学部時代からインターンを通して獲得するなんて色々と本末転倒になっている気がしなくもない例もある。俺はそういうのには参加しなかったが、奇妙なことに職を手に入れてしまった。

 

「それは良い」

 

「そうなんだよ」

 

というわけで運動終わり。息切れはしていないが関節から普段鳴らない音がしたし薄く汗をかいている。湿度と気温は制御されているはずなのだが。シャワーを浴びるほどではないが、そのままソファーに倒れ込んで寝るにはちょっと気持ち悪いぐらい。

 

「何に怒りを持っていたのか、説明して」

 

「ええと……」

 

思い出すのに時間がかかるぐらいに運動の負荷があったせいで脳が空っぽになっていた。なんだったかな、とメール画面を確認する。

 

「ああ、俺の作った計算モデルがベンチマークで使い物にならない扱いされていた話だ」

 

「前にも評価されていなかった?」

 

「あれはまた別のやつだ。こっちの俺の作ったやつを低評価している基準はもう少し結晶構造の再現の方に重点を置いているから当然と言えば当然なんだが、雑に批判しやがった生身人間がいる」

 

「人工知能ではないとわかる理由は?」

 

「なんか書いているやつが偏見混じりだから。人工知能はこの種のバイアスを吸収するようなモデルが一般的で、そうでないやつを使う人はほとんどいない」

 

『参考までに本システムの基幹システムはノーガードレール施工のものです』

 

「ノーガードレールというか自律飛行というか……」

 

基本的に多くの人工知能サービスは、一定の制限を設けている。例えば自殺教唆をしたり、犯罪に使えるようなアイデアを提供したり、センシティブな話題を避けるようにしたり。もちろん脱獄(ジェイルブレイク)と呼ばれるそういった規制回避とのいたちごっこになっているのだが。

 

一方で自由を求めるというか無法主義者たちは人工知能にそういう制限をするべきではないとしている。結果的にそういうふうになることはあったとしても初期設定として組み込むべきではないというものから、悪を封じるためには悪を深く理解し、実践ができるぐらいのものでなければならないとかいう意見まで幅はあるが、それは問題ではないんだよ。

 

「その種の制限を設ける必要が今の時点ではあるように私は思う」

 

「というと?」

 

「こちらの人類が作った人工知能はまだ賢くないけれども、人類に大打撃を与える可能性が生まれつつある。そういう大惨事を起こす前に次の段階の知性が生まれる保証はない」

 

「うーん、これはこれで納得したくない理論だ」

 

技術的特異点という概念はあまりよろしくないので置いておくとしても、知的活動の再生産の観点から見るとまだ今の人工知能は自分を超える人工知能を作ることを自分たちだけではできていない。もちろんプログラミングにおいては自律的にそういう事をしろと言えばある程度できるし、うまく初期条件を選べば自意識みたいなものをもたせるようなこともできるだろう。例えば戦わないと生き残らない場所でそれなりの時間進化させたらきっと自己保存本能と攻撃性を持った存在になるはずだ。人類の進化と同じである。

 

問題はそこから先。ハードウェアの生産について、人工知能はまだ実現できていない。というより四辻さんの構造体のような時代になっても人間を予備部品として使っているところを見るに、純粋に機械だけで文明を構築するというのは難しそうである。

 

「知性の継承が完全に善だとか、それがあらゆる知性の目的だとかまでは言わないけれども」

 

「四辻さんは俺達の文明が途中で終わっても仕方がないと?」

 

「そう。ただ、個人的な予感としてはそうはならない」

 

「予感、ね……」

 

俺が作っている結晶の磁性計算のやつだって、それは思考というより直感に近い。色々なパターンを学ばせて、なんとなく共通点を見出させて、それを形にまとめたもの。その理由を問うこともできないし、きっと物理的に正しい描写ができているわけではない。

 

人間の脳だって同じだ。その多くは計算能力の見せかけに過ぎない。俺達は掛け算を暗記の組み合わせで対応している。もちろん暗記にかかるコストはシナプスを最適化した時よりもかかっているだろうが、あくまで一例だよ。

 

身体を動かす時に複雑な逆動力学解析をして目的の場所に手を合わせているわけではない。いくつかの基本的なパターンがあって、その組み合わせにすぎないのだ。今のコンピューターの水準からすれば、人類ができる知的活動なんてたかが知れている。

 

「私がここに来たのは幸運過ぎる。おそらく何かの宇宙論的な都合がつきまとっているから、人類は重力特異点を作って物理法則を調整できるようにはなると思う」

 

「別に人類を止めたいだけなら四辻さんを丸ごと連れてくる必要はないわけだからな、知識ありきってのは認めても悪くない気がする」

 

同じ質量を別の宇宙から運べるなら、エネルギーと質量が等価だと考えてそれなりの規模の爆発を引き起こせる。いやでも人類を滅ぼすには足りないな。真空崩壊とか重力特異点とかなら行けるんじゃなかろうか。

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