超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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スリーウェイ・ハンドシェイク 9

赤城国際交流会館には食堂がついていないので、近場のファミレスでモーニングを食べ、予定時間にやって来た車に乗り、病院に到着する。俺が寝ている間に色々と準備が進んだらしく、出迎えてくれた須藤さんは首から下げる用の名札を俺に渡してくれた。

 

「きちんと睡眠を取れていますか?」

 

消毒液の匂いがする廊下を通る。昨日とタイミングが違うからか、白衣を着た何人かとすれ違う。

 

「ああ」

 

「……ならいいんですが」

 

廊下で詳しい話をするのはよくないだろうな、と考えて俺はあまり喋らないようにする。そうすると無言で歩くだけになってしまった。この微妙な間は辛いものだが、なにか面白い話ができるというわけでもないので飲み込むしかない。

 

俺が病室に入ると、後ろから須藤さんもついてきた。物音で目を覚ましたのか、てきぱきと彼女は椅子に座る。

 

「四十二さん、体調は良いですか?」

 

「悪いです」

 

そう言われると困るんだよな。

 

「どこが悪いか説明できますか?」

 

「自分で対応可能です」

 

さて、ではそれを詳しく知るために今日も会話をしていこう。しばらくは医学系を中心に語彙の説明を進めていく。

 

人間の生理機能は色々とある。そして、それはホモ・サピエンスという種が進化の過程で獲得したものだ。だから我々と同じように見える彼女が、これらの要素を持っている可能性は非常に高い。

 

交感神経系、免疫系、食事と排泄などなど。知らない固有名詞ばっかりだが、彼女はそれをしっかりと聞いている。

 

「表現が不適切なのは意図的ですか?」

 

消化の話をしていたところで、四十二さんから質問があった。

 

「……不適切という言葉の意図を確認したいです」

 

俺はサングラスの裏の文字を読んで言う。

 

「うーん、おそらく私とあなたの間の適切な語彙の不存在があります」

 

フィラーを使ってきているな。できるだけ自然な、というか無駄を含んだ表現をしたいということなのだろうか。確かに合わせに来てくれているというのは助かるし、須藤さんの方も最終的にはそう言う事をさせなければならないから長期的には目的に適っているのだけれど。

 

「あー、不適切って言葉をこっちが勝手に狭義の意味で捉えていた。そして適切って概念も基準がいい加減だから、それに合わせてきちんと話をしないといけない」

 

「わかりました。共有を進めましょう」

 

そう言って、しばらく互いにわかっていないらしい語彙を探っていく。どうやら排泄のあたりでこちらが表現や語彙を制限しているのが情報伝達という観点から適切ではない、と判断したらしい。ただこれ、俺がそれをようやく飲み込めた頃にはBIFRONSと四十二さんは二歩ぐらい先の議論を進めてしまっているんだよな。

 

「……公衆衛生とは?」

 

「集団を対象とした健康の維持、増進、回復を行うための組織的な活動です。感染症の原因である病原体の発見以降……」

 

そういう会話をしながら、俺は視線と指輪で気になるデータを確認する。四十二さんがどの分野に興味を持っているのかを、BIFRONSはきちんと調べてまとめていた。

 

物理学については大統一理論の候補のいくつかの説明まではいったが、具体的な理論を共有するための数学的基盤が欠如しているということでそれ以上は進んでいない。それ以外の分野も、ある程度進んだら別の分野に話題を転換させている。

 

それでも、社会科学のあたりに踏み込むのはどこか気が引けているような感じがする、らしい。人工知能の直感というのは馬鹿にならない。人間は純粋に言語化能力の不足によってそういった感情を抱くが、人工知能の場合には文字通りに言語化の枠を超えた、あるいは適切な表現が人類に伝えられないせいで起こる問題なのだ。

 

群集心理学。医療経済学。労働安全衛生。このあたりは、一応表示させてはいるが共通の語彙の不足が大きな問題になっているから進めないようだ。愚かな人間用に既に共有された用語には強調表示をしてくれるようになった。ありがたいことだ。

 

とはいえ、後ろから見ている須藤さんにはどこまで何をやっているかはわからないだろう。支持をしてくれればいいのだが、そうしないならばぼんやりと他愛もない話をしていくだけだ。

 

「……ちょっと排泄に行ってくる。三分で戻る」

 

「いってらっしゃい」

 

これぐらいの会話ができるようになったのはいいことなのだろう。そう思いつつ、俺は息を吐く。

 

「……なあ、古瀬さん」

 

「なんですか、須藤さん」

 

「トイレについて、彼女は使い方をわかっているんだな」

 

「……もしこの世界について何も知らなくても、解剖学的構造が同じなら取れる手段は限られるのでは?」

 

「そういうものかね」

 

「ええ。機能と構造には密接な関係がありますし、人体工学的に……重力下で出す時の姿勢は限られます」

 

サングラスにでてきた単語を参照に重力下で、というところを入れる。ということは無重力空間に彼女がいたことまでBIFRONSは考慮に入れていたのか。ただその場合にはそれなり以上に鍛えているということになるのではないだろうか。

 

人類はかつて月に旗を立てたが、それ以降は特に進出できていない。一応小型衛星が地球の周りを取り囲んで晴れてさえいれば世界のどこでもインターネットが使えるような時代になったが、宇宙はあまり魅力的なフロンティアではない。

 

人口の減少というのも大きいだろう。生産人口が減れば、それだけ余計なものに使えるリソースというものが少なくなる。宇宙開発は様々な産業分野とつながりがあるが、それでもどうしても特殊なものだ。自動車のエンジンを改良すれば数万台の新しい車の効率が良くなるのに対し、ロケットエンジンを良くすることは全体から見れば微々たる貢献しかもたらさない。重要でも頻度が低いものであれば、古いやり方を踏襲すればそれなりになんとかなってしまうのだ。

 

「帰還した」

 

そう言って彼女が戻ってくる。

 

「……手は洗いましたか?」

 

俺が気にしないようにしようとしたことを、BIFRONSは容赦なく聞けと言ってくる。まあでもそうか、ここでちゃんとこちら側のやり方というのを伝えておかないといけないよな。手の洗い方についてのアニメーションが表示される画面を見ながら、さすがに蛇口は彼女が来た場所と必ずしも一緒とは限らないのだろうとかいうどうでもいいことを考えていた。

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