超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アカデミック・ジーニアロジー 10

春から社会人である。社会人の定義は知らないが、多分社会人と言ってもいいだろう。やることは相変わらず地下室にこもって片っ端から知識を仕入れて人間の言葉に翻訳することであるが。

 

公聴会が終わってからの期間で、ついに俺は世界の真理を理解した。具体的には人類が普通に作ってきた相対論的場の量子論について、ようやく学部四年生レベルに到達した。普通の才能ある大学生が四年間かけて到達するような水準に半年で届くのは普通に頑張ったほうだと思うぞ。

 

「……その上でこれを読むと、まるで意味がわからないな」

 

「まだ説明が不足している部分も多いし、そもそも私が理解できていない」

 

「理解ねぇ、俺も九九を理解しているわけではないが」

 

「記号操作による論証に落とし込むことができていない」

 

「……すまんな、言い換えをさせて」

 

普通こういう時に理解をしてあげるのは俺の方だろ、なんで俺のほうが感情がないキャラみたいな行動をして異なる宇宙からの来訪者のほうが人間らしいことを言っているんだ。そういうのはあんたの仕事だろ四辻さん。

 

「構わない。ところで、書類の進捗は?」

 

「手続きとか面倒でさ……」

 

「必要なこと」

 

「これでも自営業とかよりは簡単だし、BIFRONSにやることの一覧は作らせているし、タイムスケジュールを考えれば一日で終わるなんてことも理解しているんだけどさ……」

 

正確に住民票を移し、赤城市民になるのだ。別にだからなにか変わるかというと特にないんじゃないかな。

 

いやまあ、大学に出す書類とか各種の書類の書き換えとか、大変なことは多いですよ。プラスチックの個人番号証明書には色々な情報が詰まっていてオンライン手続きでかなりのことができるが、住所をこれに書き込むためには結局市役所に行かないといけないのだ。それにオンライン手続きは自動化できないようになっています。

 

もちろん、あくまでディスプレイに映し出された情報をもとにマウスを動かしてクリックしたりキーボードで情報を打ち込むだけだから、画像処理を通して自動化ができる範囲にあります。人間の手の微妙な動きを再現するためのノイズを乗せるためのシステムもあります。かつては人間かどうかの確認システムがちゃんと機能していたようだが、今は儀式的なものに切り替わってしまった。コンビニの無人レジでお酒を買う時に成年ボタンを押すような気分だ。どうせ誰も見ていないし気にしちゃいないのに。

 

「……そういえば、四辻さんは所属どうなるんだ?」

 

「そろそろ大日本電算を辞めていいかなって思っている」

 

「先工研の正式採用入るのか?」

 

「そちらのほうが動きやすいかもしれない」

 

「……判断は須藤さんに丸投げするか」

 

「専門的な問題を専門家に任せるのは怠惰ではない」

 

納得したように四辻さんは頷いて断言した。

 

「じゃあ俺達はこっちはこっちで専門的な仕事をしますか」

 

そう言って、俺はディスプレイの接続をアセット42用の隔離システムに切り替える。BIFRONSがせっせと作った様々なデータ処理やら分析システムやらの寄せ集めであり、四辻さんの知識と思考をもとになんとか解析できる形にまとめ上げたものだ。この世界にあり得べからざる知識でもある。

 

「一年半で、思った以上に世界が動き始めている」

 

「まだ分散的だし、須藤さんもまとめるつもりはないがな」

 

理論物理学のコミュニティでは、数人の研究者が俺達が匿名で出した手法を後追いしている。材料系ではそろそろ最初の合成が成功するだろう。銅酸化物ではない、新しい超伝導体だ。ただ、これについてはそれを示唆する実験とか理論的裏付けとかもできている。奇遇にも、俺が以前に作った磁性について計算するシステムはこの方面の問題の糸口になるようになっている。

 

ゲルマネンとかの特殊な素材については停滞中。ブレイン・マシン・インターフェイスについても予算が投下されて事業連合(コンソーシアム)が設立される予定だ。裏で須藤さんが動いているのはわかるが、きちんと表向きにもそれなりの理由が付けられているのが恐ろしいところである。

 

「国会での総理と科技大臣の答弁は、須藤さんの影響があるのに?」

 

「あくまで一般論の範囲だっただろ、具体的に一つか二つ重点分野をねじ込めたかもしれないが、あまりやりすぎては気がつかれる」

 

「そうかな」

 

「結構見ている人は見ているんだよ、それに国会というのは怪物だらけだからな」

 

政治家と呼ばれるような人には、数度会ったことがある。高校時代に握手され、志望先の大学を聞かれ、自分もその関連の仕事をしていると言われた。完全な嘘というわけではないことは、後で調べてわかった。ただ、あの女性政治家は技術寄りの人とはいえ医学が専門だったはずだ。それに俺の地元の議員だったし、この前の選挙で労働系の議員に負けてしまった。比例でさらっと復活させてもらったのを見て案外大物だったんだなと思ったのも懐かしい話だ。

 

あれが、普通なのだろう。魅力的であり、他人を引き付ける力がある。もちろん、それがないと無理とまでは言わないだろう。それでもなければかなり辛い仕事のはずだ。駅前の演説とかを政治家が行うのは、それに効果があるからだ。通りすがりの人を、そこにいる数千人の心を少しだけ動かせるのであればその価値があると考えて数週間を動き回る人たちだ。

 

「……いつかは、そういった人たちと繋がると思う?」

 

「須藤さんが対応しきれないか、あるいは俺達のほうがうまくやれると判断されれば、だがな」

 

アカデミア側にも御用学者みたいな人はいる。というか三河工業大学にもけっこう市役所とかで色々県議会の参事をしている人がいたな。産業や工業における効率化とかをやっている人なのだが、その繋がりで地元産業の分析と経済的支援をやっている。学部時代の統計学概論の担当をしてくれた人だったはずだ。

 

「訓練は必要だと思う?」

 

「対人会話については俺のほうが必要だから、一緒に頑張っていこうな……」

 

そういえば新人になるから研修とかで来年度の四月は忙しくなるのだろうか。配属とかも明確になるし、上司になる人にもちゃんと挨拶をしておかないとな。社会人らしく、人脈と愛想にもしっかりとリソースを割り振って生きていこう。

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