超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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「総合先端情報領域、基盤概念部門、部門長の青原(あおばら)だ。といっても、何度か会ったことはあるはずだ」

 

少し陰湿そうな、長い髪を後ろにまとめた男性。伸ばしてきた手の指は長い。確か専門は生物情報学だったはず。青い薔薇というのは昔は不可能の代名詞だったらしいが、今では遺伝子技術でかなり青い薔薇ができるようになっている。特に関係のない話だが、相手の専門を覚えるのに役立つ。

 

「よろしくお願いします、アセット42担当の古瀬です」

 

「同じく、四辻です」

 

俺達は握手をする。彼の表情は固くて読みにくい。

 

「……面倒な話だと聞いた、それ以上聞きたくはないが」

 

「私たちといたしましても、契約先との都合があります」

 

四辻さんが言う。

 

「ああ、だから私は管理者としてはあまり君たちにかかわれない。もちろん、先工研内部の問題で私が必要な時があれば連絡をしてくれ。それは君たちの義務であり、それを聞いて対応するのが私の義務でもある」

 

「純粋にここで一緒に働く仲間として、よろしくお願いします」

 

四辻さんは相手の言葉の重みを気にしないのか無視しているのか知らないが、すんなりと頭を下げる。俺はちょっと怖いなとおもっているので、この姿勢は見習いたい。

 

「それと、だ。君たちの仕事を白い目で見る人がいる」

 

「白い目、ですか。阮籍の故事ですね」

 

「四辻さん、普通の人は純粋に成句として覚えていて由来までは把握していないよ」

 

多分古代中国の人なのはわかるし、その話は俺もどこかで聞いたことがある気がする。白い目で見ると軽蔑とか呆れで、もう一方の目は青だったっけ。そしていつの時代かは全然覚えていない。

 

「ふむ、四辻さんはこの種の話が好きか」

 

「あまり人と話さないので、そういう語彙の使い方に慣れていないだけです」

 

「いや、構わん。私も定型発達ではないし、だからこそすり合わせの重要性は感じている。必要なコストはこちらが払うが、それでもある程度は話してもらえなければ限界がある。申し訳ない」

 

「いえいえ、問題は差異であって、どちらが分布の中央に近いかはあまり問題ではありません」

 

なんか青原さんと四辻さんが話している。二人とも真顔なのにかなり楽しそうな雰囲気が漂っているぞ。というところで思考を切り替える。異世界人と楽しく話せる人はおそらく異世界人だ。そして今どきの組織というのはコミュニケーション力をかなり平然と求めてくる。その中で部門長にまでなっているなら優秀であるか、あるいはチューニングが上手なのだろう。

 

「おっと、すまない。君を無視してしまっていた」

 

青原さんは俺に視線を向けて言う。目がサッケードを超えて動いているように思えるのは気のせいだろうか。

 

「いやいいですって、俺は他人の会話を見て色々と学ぶ人なので」

 

そういうことにしておこう。実際学ぶことも多いからな。とはいえこれが今後の活動にあまり影響を与えていないとなると学習の定義からしてまずいのではないだろうか。

 

「通常の人事評価手法は君たちには適用されない、という実態はともかく建前上はある程度のものが必要になる。それに、上司としては適切な評価は不可欠だ」

 

「……俺は社会人になって日が浅いんですが、建前って言っていいんですか?」

 

「管理職は多くの情報を処理しなければならないが、そのためには上がってくるものについてある程度フォーマットが整理されていることが望ましい、というのはよろしいかね?」

 

「はい」

 

俺は言う。四辻さんも頷いている。

 

「その過程で失われるものもあるだろう。共通の形にすることで、一部の仕事にだけ説明の負担が偏ることもあるだろう。だが、そこにおいて完全に現状を上司が把握できるようなものを上げることは、その理想が実現するものに比べてコストをいたずらに増やす場合が多いのだ」

 

「正直に報告と連絡と相談をしたほうがいい、というのが定説では?」

 

「君たちがそれができないとは思えないからだ。アセット42の報告書については読ませてもらった」

 

ああ、そういえば作っていたな。特殊な人工知能のアーキテクチャの研究ということになっていて、三年ぐらい遅れた内容を適当に現代の流行語を散りばめて出しておいたはずだ。先工研で働いているなら研究らしいことの一つはしろ、ということである。あるいは内通者が読める範囲の書類に罠を仕掛けておくべきみたいな判断かもしれない。全部須藤って人がやれって言ってきたことです。

 

「……どうでしたか?」

 

俺はちょっと恐る恐る尋ねる。BIFRONSは多様なペルソナプロファイルを用意できるが、どうしても偏りがちになる。多様性を加味するようなシステムにおいても、人口集団からランダムに対象を選ぶようなことはしないし、人間の思考を模倣するときのモデルも基本になる大量の文章サンプルも、思考を言葉にすることを専門としている、あるいは得意とまでは言わなくとも苦手ではないような人たちに偏っているのだ。

 

「なかなか読みやすいものだった。あれはアセット42が作ったものか?」

 

「……ええ」

 

「広く導入できるなら、管理できる範囲で私の部門にも取り入れることはできないのか?」

 

「……本気ですか?」

 

確かにそれぐらいのことはBIFRONSにもできるだろう。ただ、あれに操れる手駒を増やしたらまずいだろうという設計者の一人としての危惧もある。自然淘汰ベースに作り出した生存のためのヒューリスティックは、人間の意志や目的意識と似たようなものを人工知能が有するようにできたが、それが同じかどうかもわからないし、俺達の自分の意志や目的意識というものはかなり軽い。

 

「隔離された、そして管理された環境がこの地下にある。なら、色々と試してみるべきではないかね?」

 

「……働く人についてはちゃんと許可を取ってください。倫理委員会とかのあたりで必要なものはこちらでも努力します」

 

「素晴らしい。ああ、折衝については私もその責務を果たそう。部門長の肩書は使える時に使わねばならない」

 

なんていうか、この青原さんという人は結構面白い人だ。ゆったりとした口調で表情が読みにくいし、先入観を持つ人だったら怖さとか不気味さとかが先にくるのだろう。他人の顔を認識できないというのはこういうところで役に立ったりするんだな。

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