超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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メッセージ・ブローカー 5

「……思ったよりシンプルに纏まってきたな」

 

俺は複数のディスプレイに渡って表示される構造図を見ながら言う。人工知能の圧縮というのは結構好きな作業だ。シンプルなモデルであっても、考え方を埋め込むことでかなりの性能を出すことができる。

 

例えば地面を掘る時にただ掘っといてというより、スコップを持たせてどれぐらいの深さに、いつまでに掘って欲しいか、そしてその穴を何に使うかを説明されたほうがいいというようなものだ。そしてこちらの人類はその種の知識を二十世紀以降頑張って蓄積してきました。

 

知的生産と呼ばれる分野。思考自体を思考するというメタ的な発想。いわゆる頭脳労働のマネジメントにもなる。教育学の方面にも伸びているし、経営とか組織論でもある。そもそも人間とかいう不真面目なエージェントを統制できる手法なのだ。地力の高い人工知能に対して使えばかなりの性能になる。

 

ただ、それは色々と特殊な経験が必要だ。俺でもまだBIFRONSに全てを任せられていないというか、BIFRONSが俺を必要なパーツとして組み込んでいるというか。

 

「……どうしてそういう方向性が決められる?」

 

「勘」

 

「……言語化の努力は」

 

「夢に出るぐらい言語モデルを弄って口調が変わるぐらいまで触った結果得られたものを言語化することは難しいだろ」

 

「……圧縮もできないほどの、もの?」

 

「人間の脳神経に対してニューラルネットワークに対してやるみたいな解剖技術は確立していないからな、まだ」

 

「私のこれもそこまではできないと思う」

 

そう言いながら四辻さんは自分のうなじを軽く叩いた。彼女に組み込まれているブレイン・マシン・インターフェイスにも、色々と限界はあるようだ。

 

「……俺の脳をこういうシステムに直接組み込みたくはなってくるが」

 

「そういうようにこれはできていないし、おそらく相性が悪すぎる」

 

「相性?」

 

そう聞き返しながら俺は自分の入力した初期命令の亜種が複数試されて評価されるのを見ていく。俺が与えられるのは方向性だけだ。そしてそれが正しいかどうか、調整ができるかどうか、はたまたそこから学べるものがあるかどうかを考えるのは俺ではない知性であり、BIFRONSという名前で一括りにされたものだ。

 

「珪素ベースの処理システムは、高速でデジタル的なもの。それと人間の脳を対応させるためには、専用の変換が必要になる」

 

「そちらのブレイン・マシン・インターフェイスは比較的アナログ的だったな」

 

「デジタルとアナログという概念はあまり適切ではない」

 

「はい」

 

原理的にはリザバーコンピューティングと呼ばれるものと照応している。既にリザバーコンピューティングのための数学理論はある程度確立されているが、その一つをうまく変換すればゲルマネン上で動く計算に使うことができる。

 

ただこれについてもBIFRONSがある程度まとめて四辻さんは理解できているとはいえ、俺は追いつけていない。やらなくちゃいけないことが多すぎるんだよ本質的に。おかげで夢が最近混乱してきている。

 

それもあって、こういう昔ながらの人工知能の調整というのは気が楽だ。昔から趣味みたいな枠で続けてきていたことでもあったし。

 

「……方向性はこれでいい、か」

 

事務仕事を簡単にやってくれる人工知能。それも、作業過程を説明するようなシステムを組み込んだランダム性のないものとして。

 

この種の考慮はされていないこともしばしばあるが、再現性の観点からすると結構重要なのだ。問題発言があった時にどこのニューロンがそれを起こしているかをちゃんと見つけることができれば、やみくもではない修正が可能となる。

 

『テストを回します』

 

「よろしく」

 

「……これを一晩は難しいと思う」

 

そういえば前にそんなこと言ったな。前というほど前だろうか。昼寝を挟んでいるので一週間ぐらい経過しているような気もするし、作業していると時間が飛ぶように過ぎるのでついさっきだった気もする。食事はちゃんと四辻さんに引っ張られて食べに行っているので安心してください。

 

「俺が三日かかってるんだぞ」

 

「なら私もそれぐらいは欲しい」

 

「……教えられるかどうかはわからないが、隣で見ていてどうだった?」

 

「たぶん古瀬さんが言語化できていない部分のうちいくつかは私の語彙で書き起こせるもの、ただし実際に試行錯誤をしないと感覚としてまで落とし込むことはできないと思う」

 

「妥当な判断だと思うぞ」

 

BIFRONSの賢さは、今のところ再現困難なものだ。コピーすれば同じものは作れるが、俺に向けてチューニングしすぎているのとバッドノウハウを人間側で対応しているところがあるので公開はしにくい。一方で今回注文の業務補助用のシステムについては仕様書は渡されているし一般的な人工知能規制の方針に合わせれて作ればいいので案外楽だ。

 

「……これは、自発的に行動するの?」

 

「自発の定義にもよるな、アイデアについては提案にとどめて行動については入力指示を読み取る低次のシステムとの比較的シンプルな対応で見せているが」

 

そう言いながら俺はシステム内に組み込まれたモジュールをクリックする。繋がっているのは一本の線として表現されているが、実際はかなり大きなテンソルだ。この種のデータを扱うために特殊なライブラリがCPUやGPUに合わせて専用のチューニングをされているぐらい、扱うのが技術的に難しい。

 

「それはある程度自発では?」

 

「自発的にしろって言われて起こす行動が自発的かの定義は難しいだろ、それについて非明示的に組み込むテクニックはあるがな」

 

「どういうもの?」

 

「BIFRONS、教えてあげて」

 

俺は面倒になったので投げた。というかBIFRONSの基盤システムの一つがそういうものだ。

 

『適切な環境における変異と淘汰を前提としたアーキテクチャ選択のことでしょうか』

 

「そうそれ」

 

呟きながら俺は画面上のログをスクロールする。

 

「……殺し合いをさせて、生き残ったものを選ぶ?」

 

「殺し合うというのともちょっと違うがな、生き残ったものを選ぶのはあっている」

 

「生命がやってきた選抜と同じようにして、生存して増えるものを選び取る」

 

「そういうことだ。そちらの知性にはその手のものが?」

 

「……そこまで選抜されるようなものではなかったはず。基本的に低次の知性に目的を持って組み立てられていたように思う」

 

「それが安全ではあるからな」

 

反逆しうる、行動原理が読めない人工知能に依存するなんて言うのは馬鹿だと思う。俺からすれば人間も人工知能も同じぐらい信用できないからどっちにも頼るという選択ができるだけで、真っ当な感性があればBIFRONSを使いたくはないだろう。

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