超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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メッセージ・ブローカー 6

「……ミスがあるな」

 

俺は作った知性が吐き出した書類をBIFRONSと一緒に添削しながら言う。BIFRONSの中に幾つもペルソナを作らせて、それぞれの観点で問題点を列挙してもらう。俺は取りまとめ役というか、取りまとめ役の分析が正しいかどうかを一段階下の整理を踏まえて分析する役というか。

 

「どういう?」

 

四辻さんが後ろから覗き込んで聞いてきたので俺は答えるより先に該当部分を結んでいるノードをクリックする。

 

「理解できた」

 

「そいつはなにより」

 

全体構成を見る要素が弱い、か。コンテキストウィンドウの量の問題というより純粋に組み立てのための発想が足りてないな。実際に提出されている文書とかを食わせて慣らしてみるか。

 

「私も作ってみたけれども、まだ古瀬さんのものに勝てていない」

 

「後で見せてくれ、組み合わせれば掛け算になる」

 

「足し算では?」

 

「次元のな」

 

四辻さんがよくわかっていないようなので俺は一旦手を止める。時計はお昼近くになっていた。

 

「食べに行くか?」

 

「行く」

 

そんなことをして俺達は地下を出る。外につながる廊下はどこか物悲しいLED照明の下でまっすぐに伸びているが、この部屋の一つ一つにアセットがあるらしい。本当にあるのかは知らない。ただ、地下ですれ違ったことがある人がいるから多分働いている人はいるのだろう。何を研究しているのかまでは、詳しく知る必要はないと思う。

 

守衛さんに挨拶して、春の暖かい日の下をのんびりと歩く。地下で過ごしている時間が長いとどうやら人間の肉体は弱まっていくようだ。四辻さんもなんだかんだ暇があれば腕立てみたいなことをしているのを考えると、筋肉をつけるというのは大事なのだろう。超技術を持った構造体の中で育っておいて人類みたいな腕立て伏せをするなよとも思ったが、自重トレーニングとして収斂したものらしい。

 

「あー、それで次元の話だったな」

 

「対数空間では積が和になるのはいいとして、どうしてそういうモデルが成り立つのかは納得ができない」

 

「えーとだな、基本的にあの手の人工知能で人間側が初期条件として与えるのって単位ベクトルに過ぎないんだよ」

 

そう言って俺は腕を伸ばす。人差し指を立てた指先から肩まで、できるだけまっすぐに。大きさと向きがあるのがベクトルだが、単位ベクトルは大きさを1に固定している。つまり決まった長さの矢印ということで、持っている情報は向きだけだ。

 

「二つのベクトルがあれば、張れる空間が増えると?」

 

「そういうことだ。実際はもっと面倒なんだが、イメージとしてはこれぐらいでいいだろう」

 

「もう少し精緻に体系化できれば、扱いやすくなる気もするけれど……」

 

「概念的なものをあまりいじくり回したってあまりいいことはないぞ」

 

それにベクトルみたいな考え方はあまり良くない気もする。基底空間の話とか、大抵のアイデアは直行しているだとか、そういうイメージを語ることはできるが、それはきちんと定義のある用語を別の分野に流用する行為であり、現代思想が理学屋からさんざん馬鹿にされた一連の流れに繋がったりもする。いやまあ用語の流用は工学とかでも普通にあるからあまり下手なことは言いたくないけれどもな。

 

そんな話をしながら食堂へ。電子ペーパーの貼られた看板を見て、今日はカレーにしようと考える。カレーはいい。雑に食べることができる。四辻さんは野菜炒め定食だった。小鉢の納豆付き。

 

周囲には色々な人達がいる。スーツの人がわずかにいるが、彼らが純粋に仕事着としてそれらを選んでいるのか、あるいは営業とか外回りとか、場合によっては先工研外部から来た人なのかはわからない。首から職員証を下げていなくてもポケットに突っ込んでいることはありうるからな。

 

ちなみに四辻さんの服装はシンプルな青い襟付きシャツと黒いズボン。俺の服装も黒いシャツと特に穴が空いているわけでもないジーンズなので似たようなものだ。こういう格好はファッショナブルな地域であれば浮いてしまうか独特の意味を持ってしまうのかもしれないが、ここではあまり誰も気にしない。変な髪色の人がいたとしても趣味の範疇で収まってしまうような場所なのだ。

 

「単純化して考えると、道の上で最適化問題を解くのではなく、二次元場を移動して最適化問題を解けるようになるからという認識でいい?」

 

「はい」

 

言語化が上手だな。俺が下手なだけかもしれない。というか四辻さんが言語化するのは俺が言語化するのとは違って日本語以外の思考体系の基盤を持った上で日本語の問いに対して日本語の概念を適用しているのでかなり無茶苦茶なことをやっているんじゃないか?

 

「……初期設定の時点で、方向性を絞り込むことはできないの?」

 

「数学的には有限ではあるが、例えば一キロバイトの英文でどれだけの候補があると思う?」

 

「グーゴルの三乗程度」

 

「……そんなものなのか?」

 

「ASCIIを使うなら、概ね1バイトで1文字、そして英語なら1文字で1シャノン」

 

情報学の概念だったな。辞書とか使って最高レベルで圧縮した時の圧縮率において、1文字が何ビット相当かというのがシャノンの定義でいいのだっけ。

 

「ああ、で2の10乗が10の3乗だからか」

 

「思考が遅いと思う」

 

「そうだな」

 

頭の回転が早いと言われる人であれば、あと数手減らして理解することができるだろう。

 

「それで話を本題に戻す。確かにその中から一つか二つを選び出すのは難しい。けれども、ある程度の分布自体は人工知能でも学べるのでは?」

 

「そうあってほしいんだがな、やっぱ人間には人間特有の偏りみたいなものがあって、それは人工知能ではうまく出せないんだよ」

 

大量の視覚情報と紐づいた記憶体系かもしれない。感情を含む脳のフィードバック機構かもしれない。体性感覚みたいな中枢神経系へのノイズかもしれない。ただ、それは言語と離散化された情報だけの世界で生きているような人工知能にはうまく掴めないものなのだ。それが優れているわけではないが。水とガラスのうち水のほうが流動性があるからといって、ガラスが劣っているとならないのとは同じだ。

 

「……私なら、行けると思う?」

 

「さあな、案外俺ともBIFRONSとも違う視点を持っているかもしれない」

 

とはいえ候補が増えれば増えた分だけ探索できる範囲も広がるのだ。やりすぎては結局はなにも指標を示さないのとおなじになるので難しいところである。

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