超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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メッセージ・ブローカー 8

「……質疑応答を頼む」

 

デスクに座って表示された構造図と仕様書を見ながら俺は言う。基盤概念部門に納入するというか、内部で作った自動処理エージェントについて色々とまとめている。アーキテクチャとしての(lobe)構造の採用は珍しいとは思うが先行事例がないわけじゃない。

 

『かしこまりました』

 

耳元で聞こえるBIFRONSの声。質問をこちらが投げて俺よりもっとわかっているBIFRONSが返すというのもあるが、俺ができる質問とBIFRONSができる質問は方向性が違う気がするのだ。具体的に定量的な方法で見せることができるかと言われると難しいのだが、このあたりの勘は存在するし、衰えてはいないと思っている。

 

『なぜこのシステムを内部で作ることになったのですか?』

 

「そりゃ青原さんから言われたからだよ、というのはともかくとして……」

 

どうせ一回青原さんを通すし、それ以降はそのストーリーで統一されることになるから今の時点であまりあれこれ考え過ぎる必要もないんだけどさ。

 

『仕様自体も向こうから送られてきましたが、構造の選択などは意図がありますよね?』

 

「意図っていうか王道的なものなんだよな……基本的に成果確認されたものしか使いたくないわけで」

 

新しいものが優れているとは限らない。古いモデルが軽い改良を重ねながら未だに基盤として生きているものだってある。もちろん限界はあるし、今のモデルのいいやつを使えば各種ベンチマークで同じメモリ消費でもより高スコアを素の状態なら叩き出せるシステムを作ることはできるのですが、それでもその基盤の上に積み上げられてきたノウハウというのは基盤の移行をためらわせるには十分なのです。

 

『具体的にそのモデルが選択された個別の理由はありますか?』

 

「ないことわかってて嫌がらせみたいな質問をしているだろ」

 

一応差分記録は取られているので今回完成したシステムが数十の基盤システムから組み上げられた系譜を表示させることはできる。だから何か、という話だ。その中にはコミュニティで経験則的に知られたパラメーターが使われ続けて定着したものもあるし、俺が独自に発見というか採用することにした繋ぎ方もある。

 

テスト用の評価システムを作ってはいるが、これがベンチマークとして果たして適切なのかは難しいところだ。例えばメールの返信とかで実際に送られたメールと学習したシステムが吐き出した文面が一致するかどうかまでの判定はできるが、そのどちらが良いものかの判定には大抵の場合は人間を組み込むしかない。価値判断を生み出すという特殊な点が今の市場における人間のセールスポイントです。あるいは人工知能の価値判断が尊重されないというのが今の市場における問題です。

 

『つまり、本質的な説明がある程度必要ですね』

 

「そこを青原さんに投げるというのはさすがにやり過ぎか……」

 

青原さん、つまりは俺と四辻さんが働いている基盤概念部門の部門長はアセット42の話について聞いているはずだ。つまり、俺と四辻さんが作り出した超知性がこの地下で管理されているという話を。

 

それが嘘だ、と思っているかどうかはわからない。けれども、俺達の人工知能開発の腕については把握しているはずだ。

 

そんな形で投げられそうな質問のうちいくつか、素直に答えるのが難しいのでそもそも前提がこうなっているんですよとまとめる資料を作る。スライド三枚というのは多いな、もう少し減らせないものだろうか。

 

「図にしたらもう少しマシになるか?」

 

『見栄えの資料ではないため、下手に構造を理解したつもりにさせるよりは文章のままのほうがいいかと考えます』

 

「読む側が人工知能の使いすぎで知性下がってはいないかね」

 

『古瀬さんほどではないと思われます』

 

「どこかでちゃんとテストとかしておきたいな……」

 

身体測定とか体力測定みたいなものだ。自分がどこが得意でどこが苦手なのかは、ちゃんと公開されている試験に則って評価することはできる。人間向けベンチマークテストのようなものだ。最近はやってない。

 

「資料作り?」

 

シャワーを浴びた四辻さんが声をかけてくる。ちゃんと拭き取っているので別に湿気とか湯気とかは感じない。俺は浴槽に張ったお湯に浸かるのが好きだが、四辻さんが過ごしていた環境ではそこまで水を使うことがなかったらしい。構造体に水のパイプラインがあるわけじゃなかったのもあるだろう。冷却剤としてなら代替候補もあるし、構造体では超臨界二酸化炭素を使っていたらしい。量をある程度確保できるし、水に比べて反応性が低い温度領域で扱えるからだとか。

 

「そう。青原さんに出すためのもの」

 

「苦労しているね」

 

「四辻さんが作ったやつも組み込んでいるから、出来上がったら確認お願い」

 

「そう言うのは私に作らせるのを投げてもいいんだよ?」

 

「比較優位」

 

「実際のモデルでは非線形性の導入や複数の摩擦パラメーターの仮定をしたほうが一致する」

 

「ちゃんと経済学やられていると反論できないんだよな……」

 

俺が聞きかじった比較優位という概念はその分野が得意な人がそれをやればいいみたいな考え方だ。とはいえ、現実の経済はそうはなっていない。多少の偏りはあっても例えば食料を完全に輸入に依存している中堅以上の国家というのはまずない。我が国だってカロリーベースで四割は作れているのだ。もちろん農業が依存しているエネルギー源とか考えると我が国に油田がないせいで海上封鎖されたら大変なことになる。

 

「……古瀬さんは、私よりその種の作業が下手」

 

「四辻さんが万能すぎるだけだから」

 

別に事務仕事で学位を取ったわけではないし大学でもその種の話を真剣にやったことはない、独学というか聞きかじりの範疇でスライドとか文書とかを作っている。先工研全体のマニュアルみたいなものは探したら見つかったのだが最終更新は十一年前で使われた形跡も怪しい。だってこれで指定されているフォントを使った文書見たことないですからね。

 

「古瀬さんはもっと適した仕事がある、人工知能を作るとか」

 

「作った人でないと説明する時に問題が起こりやすいんだよ」

 

「そんなことはない」

 

「そうか?」

 

俺が椅子を回して振り向くと、四辻さんが自信たっぷりに首を縦に振っていた。ならなにか根拠があるのだろう。作った俺よりもうまく説明できるだけのものが。そして普通にありそうだなと信じてしまったので、俺は一旦作業を保存して少し休憩することにした。

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