テレビのCMは、やけに白く明るかった。
『――コンビニ限定! 濃厚ミルクと月夜のショコラアイス!』
画面いっぱいに映る、艶やかなアイスクリーム。
甘いアイスの映像に、ルビーの目がひきつけられる。
「……おいしそうだね」
小さな声だったが、確かにそう言った。
アクアは何も言わない。ただ、視線だけが一瞬、テレビに向く。
アイはその二人を見て、ふっと息を吐いた。
「すぐ買ってくるね。夜だけど……今日は満月だし」
月明かりは、街灯よりも正直だ。
影を隠さず、嘘もつかない。
「アイ、気をつけろよ」
アクアの声は低く、短い。
アイは振り返り、穏やかに笑った。
「大丈夫。すぐ戻るよ」
――それが、少し前の“日常”だった。
――
コンビニの袋は軽かった。
アイスは冷たく、現実的で、確かな重みがある。
帰り道。
路地に差し込む月光が、三つの影を浮かび上がらせた。
「……有名人さんじゃねえか」
男の声。
軽い。だが、軽さの裏に刃がある。
「夜に一人? 不用心だな」
囲む動き。慣れている。
アイは一歩も引かなかった。
「なにか用ですか?」
声は、いつも通り。
あまりにも落ち着いていて、男たちは一瞬、戸惑った。
「落ち着いてるな。怖くねぇのか?」
「……怖いよ?」
アイは微笑んだ。
「でもね。わたし、嘘つきだから」
「は?」
男の一人が笑う。
「意味わかんねぇ」
軽い口調。だが、目が笑っていない。
――ああ、やっぱり。
この人たち、最初から“殺す気”だ。
「狼少年って話、知ってる?
嘘をつき続けた子は……最後、狼に食べられちゃうの」
一人が嗤った。
「じゃあ俺たちが狼だな」
「ううん ⋯⋯最近の嘘つき女はね」
その瞬間、空気が裂けた。
「――自分が、狼になるの」
――
骨が軋む音は、内側から響いた。
皮膚の下で、別の何かが目を覚ます。
赤く燃える瞳。
伸びる爪。
人の形を保ったまま、獣の本質だけが剥き出しになる。
「な、なんだ――!」
逃げる暇はなかった。
一歩。
次の瞬間、男は壁に叩きつけられていた。
叫び声は短く、鈍く、夜に溶ける。
もう一人は拳を振るうが、当たらない。
見えていない。速さが違う。
「……死んでないよ」
最後の男の喉元に爪を突きつけ、アイは囁く。
「運がよかったね。今日は、子どもが待ってるから」
男たちは、呻きながら地面に転がったまま動けない。
――
何事もなかったように、アイはアイスを持ち直す。
服に乱れはない。息も整っている。
「……死んでないでしょ。ヨシ!」
指差し確認は基本だ
「……急がないと、溶けちゃう」
マンションへの道を歩きながら、満月を見上げる。
(守るものがあるって、面倒だな)
でも――悪くない。
――
玄関を開けると、二つの影が飛び出してきた。
「ママ!」
「遅かったな」
アクアの目が、一瞬だけ鋭くなる。
血の匂いはしない。けれど、何かあったと察している。
「ただいま。ほら、アイス」
「……無事でよかった」
小さな声。
でも確かに、安堵が滲んでいた。
ルビーはアイスを受け取り、にこりと笑う。
「今日は、月がきれいだね」
アイはその頭を撫でる。
「ええ。本当に」
窓の外。
満月は、何も知らない顔で輝いていた。
嘘つき女は、今日も家族のもとへ帰る。
牙を隠して。
現場猫並みの指差し確認!