星の子 アナザー   作:猫太鼓

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お兄ちゃんメモリアル ②

 

 控え室の照明は落とされ、カーテン越しの昼光だけが、柔らかく床に滲んでいた。

 仕事と仕事の隙間に生まれた、ほんの数十分の空白。

 

 黒川あかねは、その時間を逃さない。

 ソファに座り、膝の上でゲーム機を起動する。

 

 ――『お兄ちゃんメモリアル1.2

 

 タイトル画面の音楽が流れただけで、胸の奥がほどけていく。

 このゲームを渡してくれたルビーの顔が、自然と思い浮かんだ。

 「ちゃんとプレイすれば、幸せになるルートあるからね」

 冗談めかした言い方だったけれど、その言葉は今も確かにここにある。

 

 画面の中で、アクアはいつも通り不器用だ。

 言葉は少なく、表情も硬い。

 それでも、選択肢を重ねるたびに、少しずつ距離が縮まっていく。

 

 その過程が、あかねは好きだった。

 急がず、焦らず、ちゃんと「わかり合おう」とする時間。

 

 エンディングが近づくと、音楽が変わる。

 優しく、どこか懐かしい旋律。

 

 画面が暗転し、現れる一枚絵。

 誓いの言葉を交わすアクアと、彼の腕にそっと手を添える自分。

 

 ウェディングドレスの白は眩しすぎず、ただ穏やかで。

 アクアの横顔は、珍しく迷いがなく、静かな安心に満ちていた。

 

「……こんな顔、するんだ」

 

 思わず、あかねは呟く。

 それがゲームだとわかっていても、胸が締め付けられるほど、優しい。

 

 クリア表示が出ても、すぐにはボタンを押さなかった。

 時間が止まってくれればいいと、ほんの一瞬だけ思う。

 

 けれど、やがて指が動く。

 エンディングを閉じ、また最初へ。

 

 あかねは、このゲームを一日に一度、必ず終わらせる。

 それは自分を慰めるためでも、夢に逃げるためでもない。

 

 ――大丈夫。

 ――こんな未来を、願ってもいい。

 

 そう、自分に許可を出すための、静かな儀式。

 

 控え室の外から、スタッフの声が聞こえる。

 現実が近づいてくる気配。

 

 あかねはゲーム機の画面を見つめ、微笑んだ。

 

 またね、アクアくん。

 

 そして彼女は、静かに物語をはじめる。

 

――

 

ソファに深く腰掛け、かなはゲーム機を両手で抱えている。

 膝をきゅっと閉じ、画面を覗き込む姿勢は、妙に真剣だ。

 

「……これ、ほんとに改良版なんでしょうね……」

 

 タイトルロゴ。

 

 ――『お兄ちゃんメモリアル1.5

 

 前回のバージョンでは、

 好感度が急降下するわ、意味不明な修羅場は起きるわ、

 挙げ句の果てに「悪役令嬢・有馬かな」に罵倒されるわで散々だった。

 

 それが今回は、かなの不満点を修正した完全調整版。

 そう、ルビーは自信満々に言っていた。

 

 「かなちゃん専用だよ♡」

 

 その言葉を思い出し、かなはごくりと唾を飲んでスタートを押す。

 

――

 

 ゲーム内。

 アクアとかなは街中デートの真っ最中だった。

 

 映画館、カフェ、ちょっとした街歩き。

 

 ――あ、ここで転ぶイベントだ。

 

 ゲーム内の自分が見事につまずく。

 反射的に息を呑むかな。

 

『大丈夫か?』

 

 画面の中のアクアが、自然に腕を伸ばす。

 フォロー完璧。減点なし。むしろ好感度アップ。

 

「……っ」

 

 かなの耳が、みるみる赤くなる。

 

「ちょ、ちょっと……優しすぎでしょ……」

 

 選択肢を選ぶ指が、わずかに震える。

 失敗しても、拗ねても、照れても、

 ゲーム内のアクアはちゃんと受け止めてくれる。

 

「……なによこれ……甘すぎ……」

 

 そう言いながら、口元はどうしても緩んでしまう。

 

 イベント失敗どころか、好感度上昇のエフェクト。

 

「……っ」

 

 かなは顔を逸らし、頬を指で押さえた。

 

「……そういうの……ずるいって……」

 

 選択肢を選ぶたび、

 失敗しても、言い訳しても、

 アクアは必ずフォローしてくれる。

 

 かなは照れ隠しに、足を小さくばたつかせた。

 

「なにこれ……

 甘やかされすぎでしょ……!」

 

――

 

 やがて、エンディング直前。

 

 音楽が変わり、画面が暗転。

 かなは無意識に背筋を伸ばす。

 

「……くる、よね……」

 

 ――ウエディングイベント。

 

 純白のドレスを着たゲーム内かな。

 隣に立つアクア。

 

「……ば、ばか……」

 

 かなは口元を手で隠し、

 指の隙間から画面を盗み見る。

 

 その瞬間。

 

 ――バァン!!

 豪快なSEとともに、悪役令嬢・有馬かなが乱入する。

 

 赤黒いドレスに高笑い。

 彼女は扇子をパチンと閉じ、冷笑する。

 

『その未来――

 あなたには46億年早くってよ?』

 

 扇子を広げ、続ける。

 

『アミノ酸からやり直してきなさいな』

 

ちょっ ⋯⋯ふざけんなぁぁぁ!!」

 

「消したって言ったじゃない!

 甘々ルートって言ったじゃない!」

 

 画面では、悪役令嬢かなが悠然と立ち、ウェディングを完全に台無しにしていた。

 

――

 

「かなちゃーん?」

 

 控え室のドアが開き、ルビーが顔を出す。

 

「……ルビー」

 

 かなの笑顔は、逆に怖かった。

 

「ゲームどう?」

 

「どうって……」

 

 かなはゆっくり立ち上がる。

 

「ぐりぐりぐり……!」

 

「いだだだだだだ!!」

 

 拳がルビーのこめかみに食い込む。

 即座に発動するぐりぐり地獄の刑。

 

「悪役令嬢かな、

 消してないってどういうこと!?」

 

「だってぇ!

 かなちゃんのツンデレ成分を

 最大限に引き出す重要キャラで――」

 

「余計なことすんなぁぁぁ!!

 自分に自分がマウント取ってくるゲームとか

 聞いたことないわよ!!」

 

 ぐりぐり、ぐりぐり。

 

「で、でも……

 デートイベントは完璧でしょ?」

 

「……っ」

 

 かなの動きが、ほんの一瞬止まる。

 

「……そこは……

 まぁ……よかった……けど……」

 

「でしょー!」

 

「調子乗らない!!」

 

 控え室には、

 悲鳴と笑い声が交錯する。

 

 画面の中では、

 悪役令嬢かなが満足そうに微笑みながら、

 こう呟いていた。

 

『――精進なさいな』

 

 かなは赤い顔のまま、

 今日もルビーをぐりぐりし続けるのだった。

 

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