ライブ後の控室は、明るすぎた。
蛍光灯の白さが、汗とメイクを容赦なく照らす。
B小町のメンバーは、それぞれ勝手に喋り、笑い、着替え始めていた。
「はー、今日も疲れたー」
メンバーの一人が、靴を脱ぎながら伸びをする。
「今日、客入ってたよね」
「センター映えしてたし」
「……まあ、ね」
鼻腔をくすぐる、微かな匂い。
香水。汗。嫉妬。
アイはロッカーの前で立ち止まる。
扉を開ける。
――空。
一拍。
次に、鼻が先に答えを出した。
(この匂い……)
自分のものではない。
甘ったるい香水。
そして、人が人を貶めたときの匂い。
「まだ着替えないの?」
背後から声。
「遅いんだけど」
「ほんと。
昔からドジだよね、アイって」
くす、と笑う声が重なる。
アイは振り返り、首を傾げた。
「……あれ?」
「どしたの?」
「着替え、なくて」
一瞬、間。
「は?」
「知らないけど」
「自分でどっか置いたんじゃないの?」
また、笑い声。
アイは、にこっと笑った。
「そっかぁ。
じゃあ、誰も知らないんだ?」
「当たり前じゃん」
「私たちが知るわけないでしょ」
その中の一人。
さっきから一番よく喋る、彼女。
(……いた)
匂いの源。
彼女と、目が合う。
「……ねえ」
一歩、近づく。
「なに?」
距離が近い。
顔を、覗き込む。
「ほんとに?」
声は低くない。
むしろ、柔らかい。
「わたしさ、嘘つきって、嫌いじゃないんだ」
「……は?」
「だって、わかりやすいから」
彼女の喉が鳴る。
「生き物としての差って、あるでしょ」
「……なに、言って」
「群れの中で」
アイは、微笑んだまま続ける。
「逆らっちゃいけない相手」
空気が、冷える。
誰も笑わない。
彼女の足が、半歩下がる。
「……知らない、よ」
アイは、顔を近づける。
「じゃあ」
囁き。
「どうして、震えてるの?」
沈黙。
「……あ」
別のメンバーが、我に返ったように声を上げる。
「こ、これ……!」
ロッカーの隅。
袋を差し出す手が、震えている。
「アイの、着替え……」
アイはぱっと表情を変える。
「あっ」
「ここに、あったんだ」
「よかったー!」
明るい声。
空気が、元に戻ったように錯覚する。
「ありがとう」
にこー。
誰も、目を合わせない。
――
着替えを終えたアイは、鞄を肩にかける。
「じゃあ、先に失礼します」
「……おつかれ」
返事は、か細い。
廊下に出た瞬間、アイの表情から熱が消える。
(めんどくさい)
――
夜。
玄関を開ける音。
「ママ!」
「おかえり」
アイの手には、小さな箱。
「ほら。
限定ケーキ」
「やった!」
「お、買えたのか!」
テーブルを囲む。
「甘い!」
「おいしいな」
アイは笑う。
本物の、笑顔。
(……この顔だけで、いい)
ステージの笑顔も、牙も、全部。
この場所のためにある。
――
翌日。
B小町の控室では、
誰もアイに近づきすぎなかった。
声は優しい。
距離は、正しい。
それが、
序列だった。